気持ちを分かってほしいなんて図々しい

『レインツリーの国』 という日本映画がある。

 ジャンルとしては恋愛ものになる。ストーリーもその手の王道で、特に意外性のある内容ではなく、十分に予測可能な展開の中、フツーに終わる。

 そういう読める内容なのに、この作品には不思議な魅力がある。筆者的にはオススメできる映画ではある。



 しかしこの映画、ただの恋愛ものというわけではない。もうひとつ、全然別の要素が絡まってくる。それは『障がいの問題』である。

 主人公の恋する相手の女性(西内まりや)は、突発性(感音性)難聴という障がいを背負っている。それゆえに、多くのいやな目にも遭ってきた。そんな彼女が唯一伸び伸びと自分を表現することができたのが、「レインツリーの国」と題された自らのブログだった。

 偶然、検索ワードからそのブログにたどり着いた主人公は、顔を合わせない文字のみのやり取りの中で、恋心を抱き、会いたいと願う。

 しかし、念願かないいざ会ってみると、そこからは苦労の連続、という……



 劇中、二人の恋の障害となるのは、ひとつの心の壁である。

 それは、世間で障がいをお持ちの方からたまに聞く言葉であるが「あんたたち健常者に、私ら(障がい者)の気持ちなんか分かるわけがない」という考え方。

 別に、障がいだけのことに限らない。特定の職業、家庭環境、持って生まれた自分の特性……あらゆる分野で、自分だけがそれを味わっていると感じたときに「他人にこの気持ちは分からない」と考えたりする。



 筆者は、その理屈自体は間違ってないと思う。

 事実、その通りである。私には、どう頑張ってもあなたの本当の気持ちは分からない。障がいを抱えて生き抜いてきたその方の本当の気持ちも分からない。

 でも、たとえ間違っていなくても、それは寂しい言葉だと思うのである。



●もちろん、傷付いたその人の言う通りである。

 他人に、あなたの気持ちは分からない。

 でも、それを口にしている限り、あなたの世界はずっとそのままである。

 灰色の世界から抜け出せない。



 よく使うたとえ話で、「コップに水が半分しかないと見るか、いいや半分もあるではないかと見るか」という話がある。状況は同じなのに、着眼点が違うだけで意識の在りようはずいぶん違う、という話である。

 はっきり言って、誰かの気持ちを誰かが100%理解するなんてことはあり得ない。

 50%だって、怪しいくらいだ。分かるのは相手の物理的、客観的状況に関する情報と、「きっと辛いに違いない」という個々人でてんでバラバラな創造力がもたらす共感レベルがほとんどである。

 そんな最初からムリな要求だと分かっていることをそれでも他者に要求し、さらにできないと責めるのは、「よっぽど心が弱っている」ことの証しでもある。

 言い分はまっとうだが、この世界でその点にこだわって駄々をこねるのは、嫌な言い方をすれば「あなたが損をするだけである」。あなたに変なプライドがどれだけ残っているかでどれだけ苦労するかに個人差があるが、はやく「他者に要求する」次元から突き抜けることだ。



●相手があなたの気持ちを分からないなんて、当たり前。

 そんな高度なことを要求するより、「少なくとも誰かがあなたの気持ちを理解しようと努力している。寄り添おうとしている」のだから、その事実一つだけでもあれば十分に感謝なことだと思わないか?



 この映画のヒロインは、最初健常者で生きる上で自分ほどの悩みはないだろうと思いこんでいた彼氏(主人公)が、実はある特殊な事情を抱えていると知り、「自分だけではない」と知る。

 もちろん、その事情は「障がい」とは関係ない話ではあったが、それでも「見かけじゃない。人なら皆、それぞれに事情を抱えて生きている」ことを悟るには十分であった。自分の甘さに気付いたヒロインは、その後一皮むけて変身を遂げる。



 今、「あんたに私の気持ちなど分かるわけがない」と言ってる人に筆者が今した話をすぐぶつけてもさほど効果はないと思う。そこに今囚われている人に、今そこを抜け出せというのは酷である。

 必要なのは時間である。そしてもうひとつ必要なのは、タイミングである。

 その大切さが分かって、それを知ってあなたと関わろうとする人が周りに一人でもいたら、あなたの人生は、どんなに素敵か。

 そのありがたみに気付けるのも、タイミングである。殻に閉じこもり、自分の苦労や辛さがクローズアップされている内は、その宝に気付きにくい。



 でも、きっと変われるチャンスはある。

 健闘を祈る。 

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