美しく見えるもの

 ニュースで、宇宙へ飛び立った宇宙飛行士が、国際宇宙ステーションから見える地球を、「なんて美しい!」と言ったりする。

 筆者はこの微笑ましい無邪気さに水を差すつもりはないし、その感性自体はとても素敵だと思うが、私のようなひねくれた者が見るとまた違う感想が出てくる。

「タイヘンだな、みんな」と。

 ここでいうみんなとは、その「美しい」はずの地球にお住いの、ミクロな一人ひとりの人間を指している。



 当たり前の話だが、私たちが映像を見て内容を捉える能力には、限界がある。

 たとえば、地球の片側を写真に収めた場合、私たちの目にはおおまかな、お馴染みの世界地図のような模様しか目に入らないが、ず~っと細かくは一人ひとりの人間がそこに生きて、動いているわけである。

 リアルに、泣き笑いして生活している。ものすごく接近したら、それが見える。

 そしてその風景は、それほど美しくもない。時に、醜い行為も数知れずこの空の下では行われており、どこかで不幸な出来事のゆえに一定数の人が泣いている。

 でも、不思議や不思議。ものすごくカメラを引いて、地球の外まで出ると、個々で細かく見るとゴミだめのような場所も不正が行われている街の片隅も、貧しさのにじみ出る家々も……すべてを含んだその引きの遠景はなぜか『美しくなる』。



●つまり美しいとは、すべてが見えないことで感じられるようになっている。

 大まかにしか把握できないところに、美しさが生じる。

 細かさを無視したものが、美しさである。



 人間が、自分の意識しか分からないようになっているのも、そのためだ。

 他人を好きになれないと、生きていけないではないか! もし他人が、あなたが自分のことを分かるのと同じレベルで分かるようになってしまえば、この世界は修羅場と化す。無間地獄に早変わりする。

 誰もが、互いを信じられなくなる。だから、他人の心は覗けないようになっている。これは、大変ありがたいリミッター機能である。他を美しいと思えるように、救済措置がなされているのだから。

 宇宙から地球を見て美しいと見えるのも、我々が細かい個々の思惑や動きが見えないで済んでいるからこそ。我々は自分たちに備わった「隠された醜い部分には目をつむり、大まかでシンプルな枠だけを見てキレイだと思える」ポンコツな認識能力に感謝しなければならない。



 ここまで考えた時、二種類の「美しさ」があると思う。

 ひとつは、個々の生活上のベタな営みを含むが、それをはるか上から眺め見て、その俯瞰した超全体図が「美しい」のだという美しさ。

 個々の運命や幸不幸、そういうことを斟酌もしない厳しい自然界・宇宙。その冷たさも、その中で必死にあがく小さな小さな人間のささやかな抵抗の風景も含む、悟りのような「全体を受け入れることで認め得る美しさ」。

 超越した視点では確かにすべてが美しい、となる。しかし、それはまだ個々の視点として、大変な目に遭った人や、辛い体験をすることで地の事情の方に視点が持っていかれている人には「人でなしの視点」に見える。

 だから、本当に「分かった人」は人気者になどならない。嫌われる。イエス・キリストはそのために殺された側面もある。

 そして、もうひとつの美しさの感じ方の提案。

 


●宇宙から撮った、地球の全体像を「美しい」と感じるよりも、見た目にきれいでもない、もっと地上にカメラを接近させた街並みや、そこに登場する人の表情や喜怒哀楽を写真に収めたものを、宇宙の写真よりもむしろそっちのほうを「美しい」と感じる感じ方。



 筆者は、どっちかというとこっちである。

 私は、宇宙の画像や地球の画像など、皆が感動するほどにはいいと思わない。

 むしろ、生きている人々やその生活の躍動感あふれる一場面の方に魅力を感じる。

 宇宙や大自然の画像から私が得るのは、美しさ以上にその「冷たさ」だ。彼らに人情は通じない。あなたに子どもがいようが介護要の親がいようが新車を買ったばかりだろうが、そんな事情にはおかまいなく、災害が襲う時は襲う。牙をむく。

 私は、人の方が暖かいと感じる。

 愛という概念をもって、吹けば飛びそうな個々の命をも何とか守り抜こうとし、その甲斐なく守りきれない体験をしてもなお守ろうとする、その姿。

 究極視点からは、人間が宇宙にある存在物の中で最も「悟ってない」のだろうが、一方でもっとも「温かい」存在だともいえる。だからこそ「ああ、人間やるのもまだまだ捨てたもんじゃないな」と思えるのである。

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