二つの鍵

 イギリスの、アルフレッド大王の話をご存知だろうか。

 世界史的には、在位871年~899年というイギリスでも随分古い王だが、かなり偉大な人物として後世に伝えられている。彼が王位にあった時代のイギリスは安泰の二文字とは程遠く、デーン人(分かりやすく言えばバイキング)の襲撃と脅威に悩まされ続けた。

 真実はともかくとして、彼には次のような逸話が残されている。



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 バイキングの奇襲により劣勢に陥った王は、一般人の姿に身をやつし、身分を隠して森をさまよう。一軒の農家がそこにあり、アルフレッド大王と数人の家来の一行は休憩のために家に入れてもらえるように頼む。その家のおかみさんは、その代わりに焼いているパンを焦げないように見ておいてくれ、と頼む。

 アルフレッド大王は、最初こそ言われた通りにパンを眺めていた。

 でも、一番気にかかるのはイギリスの平和を取り戻すこと。そのためには再起し、いかにデーン人たちを退けるか、という作戦に心は飛ぶ。

 そうして、パンのことなどすっかり忘れてしまった。



 おかみさんが部屋に戻ってみると、大王の目の前でパンはブスブスと焦げている。

 怒ったおかみさん、大王を大王だと知らずひっぱたいた。

(ほうきで叩いた、というバージョン、平手打ちだった、あるいはただ言葉で叱り付けたというバーション、さまざまである)



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 農家のおかみさんは、自分たちの国土を、生活を第一に考え苦労している王を、王と知らず無礼にも叩いたことになる。このように、自分の知っているだけの情報や主観として「こう思う」ということだけを材料にして「思いっきり状況を誤解する」ことはある。

 おかみさんは、「自分ちのパンを焦がされ、損害を与えられた」という目先のことしか見えなかった。だから単純に、アルフレッド大王は「約束を破ったサイアクなやつ」でしかなかった。

 しかし、彼がパンを焦がしてしまったのは、あくまでも農家のおかみさんをはじめとする、イングランドの民衆をバイキングの侵略から守るために考え事をしたからで、パンなんて比較にならないくらい民衆のために尽くしてくれているというのが真実なわけである。



 筆者が好きではないスピリチュアル的お話のひとつに——

『真実(の波動)は伝わる』というのがある。

 これは事実というより、はっきり言って人間側の「そうであってほしい」という願望の変形である。そんな法則はこの世界にない。

 


●真実は、伝わったり伝わらなかったりする。



 例を挙げればキリがないが、イエス・キリストの真実も権力階級や民衆には伝わらず、結果として十字架刑になった。

 ガンジーだって殺された。ジャンヌ・ダルクだってあれほど神と祖国フランス・そして国王のために真心から尽くしたのに、最後は魔女裁判にかかって処刑された。

 私は、「真実が伝わる」ということには、新たな説明が必要だと考える。



●真実が伝わるためには、二つの鍵が必要である。

 ひとつは真実を伝える側。もうひとつは伝えられる側。

 その二人が、息を合わせて同時に鍵を回す。

 それだけが、真実が伝わる道である。 



 洋画で、核弾頭の発射をするのに、大統領と副大統領のふたりがそれぞれ持っている発射コードを入力しないとだめな仕組みなっているという場面がある。これはもちろろん、どちらかひとりだけの血迷った行動で破滅しないように、である。

 銀行の大金庫なんかも、支配人と副支配人が、同時に離れたふたつの鍵穴に鍵を差し込んで同時に回さないと開かない、というやつが多い。この二つのたとえ話を用いて言いたいことは、真実が伝わるシステムというのは必ず二者の合意が必要なのである。

 伝える側がどれだけ本物でも真実でも、受け取る側のものの見方や気分に左右される。それほどにもろいものなのだ。実際歯がゆいほどに、伝わらない時というのは本当に伝わらない。

 また、人間の「自分の見たいように見る」という特性を考え併せてみた時、比較的大勢が喜んだり、受け入れられていることを根拠に「だから真実は伝わる」という話にもっていくのは、論理のすり替えであり思慮の浅い理屈である。

 1+1=2、よって2=1+1、とイコールで結ばれた左右の項を入れ替えても等式は成り立つ、というわけにはいかないのである。

 大勢が受け入れた=真実 真実だから=大勢が受け入れた は成立しない。



 思いが通じる時。陰の苦労が報われる時。真実が見出され、ウソが馬脚を現す時——。

 皆は、真実だから最後には勝ったとか、ウソや悪は最後には負ける、滅びるとかいう話にしたがるが、それは的外れである。

 相手があなたの言うことを受け入れたなら、それはあなたの話が真実であるという「真実性」が相手を動かした、のではない。ただ受け取る側が「受け取る気になった」だけのことであり、単なる選択の問題だ。

 真実が伝わって、その人を動かしたのではない。その人が主体的に「認める、そして動く」という決断をしただけである。

 いくら真実でも、相手に関心がなかったり受け入れる気がないなら、利害が一致しないならどんなにまっとうな話でも、真心からの提案でも、退けられることというのはあるのである。



 ここまで聞いて、皆さんは悲しく思われましたか?

 その内容がどうかに関係なく、二者以上の意思決定上の合意がないと伝わらないって。真実が伝わらないこともあるなんて、悲しすぎますか?

 でも、それは発想が逆です。



●だからこそ、生きがいがあるんじゃないですか。

 挑みがいのあるゲームなんじゃないですか、この世界は。



 ゲームって、絶対に成功することが確約されているなんて代物なら、面白くないでしょ? どっちに転ぶか分からず、ハラハラする。でも、全力は尽くす。その上で、結果を楽しむ。

 それをしないんなら、なぜこんな世界をつくった?

 伝わらないケースだってあり、涙を呑むこともあるからこそ、たまに思いが伝わったり、自分のことを分かってもらえる体験をしたらめちゃんこうれしいわけじゃないですか!

 真実が時として伝わらないことも、考えようによってはひとつの恵み。地球に「チャレンジ」に来た魂たちには「アメージング・グレース」なのである。

 だから、まぁ楽しめ。あなたの思いが伝わるかどうかのゲームを。

 決して、「自分が正しい」ということを根拠に相手に要求しちゃいけない。要求するのではなく、信じる。振り向かれなくても、相手を尊重する。

 それが、この「二つの鍵ゲーム」上のエチケットであり、ルールである。

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