渇いた大地

古い作品だが、ハマって読んだマンガの中に『ネオン蝶』という作品がある。いかにもなネーミングから分かるように、いわゆる「水商売もの」である。

 このマンガの原作者は倉科遼と言い、この手の漫画の大家である。実に沢山の水商売の世界を舞台にした作品を手掛けており、『嬢王』という歌舞伎町のキャバクラを舞台にした話もやはりハマって読んだ。こちらのネオン蝶のほうは、対照的に銀座のクラブが舞台である。

 話の内容は、世界が世界だけにきれいごとはない。結構ひどい話や、えぐいシーンも出てくる。でもまこと不思議なことに、こうしたお話は需要がある。

 基本的に描かれているのは、言ってしまっては何だが「それほど感心されない世界」。近年ヤクザものの映画も少なくないし、「ミナミの帝王」や「闇金ウシジマくん」などのダークな金融物が人気だったりする。香港映画でも邦画でも、ノワールな作品は一定の需要がある。

 ミナミの帝王などは闇金という舞台であっても、まだ「勧善懲悪」という分かりやすい部分があった。しかしウシジマ君は、善とか正義とは程遠く、救いようのない話だって多い。時々、人はなぜそういうお話が好きなんだろう? と考える。



「ネオン蝶」というマンガに、こういう場面があった。

 主人公の桜子というホステスは、たまたまついたテーブルにいた若い駆け出し俳優に惹かれる。それは向こうも同じだったようで、いつしか店を介さないで逢ったりするようになった。

 男女の関係になった少し後、その俳優がドラマの主役に抜擢されて大ブレイクする。一気に、国民的人気者になった男。そんな彼に、芸能事務所から圧力がかかる。さわやかクリーンなイメージで売り出している側からすれば、男がホステスと熱愛など許容できない。

 そんな二人は、苦渋の決断をする。

 男は、さらにチャンスをものにし、羽ばたくために。女もやはり一流のホステスを目指しており、よりその世界で羽ばたくために。

 互いの夢のために、大人の事情で、本当に好きだった二人は別れる。最初にデートをした横浜の、とある観覧車がある場所のシーンなのだが、切ない。

 最後の別れをした後、背を向けて互いが違う方向へ歩いて行くのだが、その目には涙が——。



 筆者はこのシーンをただただ美しいと思い、感動した。

 でもここで、スピリチュアル実践者は大きく二つのタイプに分かれる。



①なぜそうなるのか、問題を問うタイプ



 二人が別れなければならないのは、組織や社会の事情であり、何かを得るためには何かを捨てなければならない、ということがあるのが問題とする。

 つまり、世界に問題があるから、こんな悲劇が起こるのだ。

 だから、悲劇を無くすためには世界を変える必要がある。そのためには……?

 作品自体の内側を見ようとするより、自分なりの理想的世界観があり信条があるがゆえに、どうしても外枠自体の問題のほうに目が行き、そこが気になって内容まで見れないタイプ。

 よくいるでしょ。そもそもヤクザ映画自体が問題があるとか。そんな汚らわしい世界を描くなら、もっとよいもの(何だそれ?)に目を注げばいいのに、とか。そういう映画は世界に不要で、ただただ心を豊かにできる『いい映画』だけが存在するべきだ、と考える。

 スピリチュアルな発想が過ぎると、そもそも世界がちゃんとしていたらこんな問題は起こらないのだ、ということを考えてしまう。

 また、このシーンの男女に関しても「別れたらダメだ」という意見を持ちやすい。損得や立場の保持などに、たとえ夢のためとはいえ、仕事の都合などに純愛が負けてはいけないと考える。別れを選択した二人は「負け」に見える。

 宗教やスピリチュアル人口には、比較的多いタイプ。



②世界設定の大枠や問題点など忘れて、小さな輝きを見つけることができるタイプ



 お話に入り込むことができ、そこに起こっていることに注目できる。

 先ほどの話で言うと、世間の汚さや矛盾、主人公たちの不幸に目を奪われることなく「何が起こっているのか」「与えられた状況の中で、どう生き抜こうとしているのか」を見つけることができる。

 ヤクザ映画だからとかホラー映画だからとか、そういう大枠で避けたり価値を決めつけない。どんな作品からでも、感動できる部分、そして生かせる部分を抽出する。そういう人は、そもそもこういう世界がダメなんじゃないかとか、そういう大枠に関してはおおらかである。



 こう書くと誤解がありそうなので言うと、①と②、どちらが優れているということはない。筆者の書き方だと、①はダメで②にしましょう、というメッセージに受け取られそうだ。

 ちなみに私は②タイプであり、どんな世の暗部を描いたような作品でも、大丈夫である。そもそもの前提がいけないとか、そんなものを見て喜んではいけない、とか思わない。

 闇が濃いほど、少しの光がそれは鮮やかに、普通にまして強く輝くのだ。

「闇金ウシジマくん」があれほどダークな作品でも、世から必要とされうけるのは、そこの上手さだろう。徹底的に絶望を描いておきながら、最後にほんの少しの「救い・希望」を残す。



 筆者が先ほど提示した疑問「人はなぜ、ハッピーで素敵なことばかりの映画以外のものでも求めるのか」の答えらしきものが、ここにある。人は、美しい希望や願望も好きだけど、現実とも向き合いたい、とどこかで思っているのだ。

 現実から逃げたくない、世にはこういう可能性もあるということを覚えておきたい、という自覚しにくい意識下の思いが、時折そういう作品を見ることを求める。

 そして、覚悟して受け入れたその辛い現実の話の中に少しの希望があれば、それが何よりの糧となる。それが見たくて、人は今回の漫画のような「厳しい、理不尽な現実の中で、色々ありながらも小さな幸せをつかむ」話が好きなのだ。けなげに生きる姿が共感を生むのだ。

 そこは健全な映画とは違って、大成功大逆転超ハッピーエンドではヘンなのだ。



 この世界を良くするのは、明らかに①のタイプである。

 ②は現状を肯定し、その場を幸せに生きる強みを持つが、世界を変えるタイプではない。だって、いつも現状を肯定しそこから良いものを見つけて喜ぶため、問題点を追及して運動を起こそう、という改革タイプではない。

 純粋スピリチュアルでは、ただ心から平和に生きているだけで(意識上平和な在り方をし続けることで)世界は変わり、何か行動としての運動しないと世界は変わらないということはない、と言うが本当にそうだろうか?

 なら、スピリチュアルがこの地上に誕生してから、皆さん何をやってるんだ? 遊んでいるのか? 本当に意識だけが変われば、その意識にふさわしい現実が引き寄せられるという単純なものなのか?

 スピリチュアル人口の皆さんの意識は、一般社会を大して変えられてていないようですが!



 だから筆者は運動家、改革家の方を尊敬する。

 私は、現状から楽しみや良いところを見出し、特に運動はしない。家族を大事にし、好き勝手言って人生を終えるだろう。

 だから、この世界の問題点を明らかにし、解決していくタイプの人は貴重。荒んだ世界を描いた漫画を楽しむよりも、そもそもこういう漫画が生まれなければいけない理由を考え、どうやったらより良い世界になるのかに思いを馳せる。

 やっぱり、そういうタイプも必要だ。おカタイやつだな、と言ってはいけない。

 この世界を回していく車の両輪なのだ。個々の現実そのものの価値を認めるよりも、もっとよくできないかと考えるタイプ。そして、そんなカタいことよりとにかく存在するものを深く考えず肯定し、そこに喜びを見出そうとするタイプ。

 私も含めて後者の立場の者ばかりなら、その現状の中で幸せを見つけていくだけが得意になり、世界全体としてはかなりゆっくりとしか変わっていかない。

 理想を追い、より向上を目指すタイプがいるから、その時代の変化速度が早まる。つまりは、どちらがいい悪いはなく「役割分担」ですな。

 


 これまでも、時代を変えてきたのは批判せず、ただ今ここを受け入れた人ではなかった。あくまでもこのままではいかん!と思い理想を掲げて奮起した者達が主役だったのだ。

 あの悟りを開いたと言われる一休宗純でさえ、当時の足利政権を批判している。

 スピリチュアルは人の心を豊かにし救いもするが、世界を変えることはない。変えるのは運動家、革命家である。人望を集めた実践的リーダーであり、それがスピリチュアル畑の人間である可能性は低いと思っている。

 だからスピリチュアル畑の人は、スピリチュアルを知らない人が皆自分たちのようになることを望むべきではない。生きる世界の違う人々がいるから、世界は回るのである。何かが画一化・統一化された瞬間、人類という種は魅力を失う。

 


 何事も、「良し」とされるものが存在し続けるためには、そうでないものの存在が必要なのだ。それがないと、その「良し」は世界から消え、ただ「良し」の消えた「それ」そのものだけが残る。禅問答のようで恐縮だが。

 いつの時代にも、どの立場もバリエーションとして要るものなのだ。

 ただ、ミクロ視点では合う合わない、好き嫌い、利害の対立ということで色々なドラマが起こっていいのだ。それらすべてもやがて、人間をあるシナリオへと導いていくのだ。

 えっ、どんなシナリオかって?

 ……知らない。

 だから、これから楽しみに(ちょっとハラハラもしながら)見ていくんだね。

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