黒スピ危機一発!

 もう、こういう話題を出したら年代が知れて哀愁が漂うが——

 TVゲームなどまだ影も形もない昔、「黒ひげ危機一発」という玩具にお世話になった。ロングセラーなので、今時の子でも存在くらいは知ってるかもしれない。

 穴に短剣を刺しまくっていくと、どこかで樽の中の黒ヒゲ野郎が飛び出す仕組みになっている。

 筆者はこれを単純に「飛び出したら負け」のゲームだと思い込んでいた。

 メーカー側も、企画・構想段階では「飛び出させたら負け」というコンセプトにしていた。しかし、発売開始に当たりそこは「大人の事情」が色々に働いて「飛び出させたら勝ち」というゲームとして売りだされた。

 しかし、当時人気のあった「クイズ・ドレミファドン」というクイズ番組内のゲームでこのおもちゃが取り入れられ、「飛び出したらペナルティが課される」というルールで用いられたため、メーカーの意図とは逆の「飛び出たら負け」というイメージが世間に浸透していった、とする説が有力である。


 

①飛び出させたら勝ち

②飛び出して勝ちか負けかは、遊ぶお客様の自由

③飛び出したら負け



 この①から③への、ルールの変化における歴史的変遷があったようだ。で、今となっては飛び出したら負け、で落ち着いている。

 ……やっぱり、そういうイメージだよね! あのドッキリ感。あ~やっちゃった! 感。

 黒ひげ危機一発は、なぜ怖いのか? ドキドキするのか?

 これはたとえるなら「ロシアン・ルーレット」も同じようなものなので——



●どこが当たり(ドボン!の位置なのか)かが分からない。

 いつ、当たり(はずれ)がくるのか、予測できない。



 分からないからこそ、ドキドキする。今か? まだ大丈夫か? って。

 これがもし、最初から黒ひげが飛び出す位置が分かり切っていたら、怖くない。

 怖くないのと引き換えに、『つまらない』。



 人間は、長い歴史を通して「恐れ」と戦ってきた。

 恐れを克服する手段のひとつに「恐れの正体を知ること」がある。

『幽霊の正体見たり 枯れ尾花』という、江戸時代の俳句がある。最初「幽霊か」と思ってドッキリしたが、落ち着いてよく見てみると枯れススキの穂が風に揺らいでいるだけだった。見間違いである、という理解が恐怖を払拭してくれるわけだ。

 だから人類は、「知識」を追い求めてきた。

 科学もそうだが、人間は目に見えない精神世界の事柄にも説明や納得のための根拠が欲しくて、宗教や哲学を追及もしてきた。現代では宗教・哲学という分類はさらに曖昧化・細分化し、「自己啓発」と「スピリチュアル」という分野も現れた。

 もちろん、スピリチュアルは太古の昔から存在した。ただここで言うのは、「世間の認知度」を基準に話をしている、ということをご理解願いたい。



 確かに、人は生きていくために、幸せになるために、ある程度の「恐れの克服」は必要である。

 人生をよく生きる上で大事なこと。自分なりの確信をもって選択した生き方。そういうものを個々人が確立することで、人生は骨のあるストーリーを展開していく。

 しかし、恐れを克服しようと前のめりになりすぎるあまり、ブッダの言う中庸 (ちゅうよう)」を忘れる人も少なくない。

 何事も「ほどほどに」がよいのだ。これを今日のお話に当てはめると——



●恐れをある程度、知で克服するのは必要だ。ただ、ほどほどがよい。

 必要以上に克服する(知り過ぎる)と、よくない。

 しかし人は欲深いので、必要以上に克服しようとする者も出る。

 そうして宗教もスピリチュアルも、節度を守ってするならよいものなのに、そのさじ加減を誤ることで世間の評判を落とし、結果「胡散臭い」「怪しい」という不当な評価を受けてしまうことになる。



 恐れを克服しようとしすぎる反動で、ディープな世界に入り込む人がいる。

 かつてブッダがそれをして、その過程の無意味さを知った反省の後、悟りを開いた。(もちろん、~したから悟れたという意味で言ったのではない。あくまでただの時系列的事実である)

 せっかく先人たちが参考材料を示してくれているのに、当の宗教やスピリチュアルが同じ過ちを繰り返そうとしているのには、見ていて辟易する。

 スピリチュアルというものは色々あるが、フツーに生きていて耳にするようなことのない単語や用語がある一定量を越えて踊っていたら、まず「限度超え過ぎ」だと思ってもらっていい。

 人はその置かれた環境で、そこで与えられる中にすべて必要なものは揃っている。十分に、幸せになれる。ゆえにこれを知らないと、あれを知らないと人として欠けがある、などということは本来ない。

 もちろん、自然な流れでシナリオで、宗教やスピリチュアルに関わる人はいるだろう。それはそれでよい。だが、あなたはあなた、人は人。

 皆に絶対に同じ何かが必要、と思いだしたらそれは危険信号である。



 格闘技では、無駄な筋肉はかえって邪魔だそうだ。

 私たちは、見かけに弱い。ちょっと古いがアーノルド・シュワルツェネッガーほどの体格を見たら、スゲー強そう、と思ってしまう。筋肉の付き具合がすごければすごいほど、比例して強く見えてしまう。

 でも現実の実戦では、そんなことはないらしい。格闘技の動きに必要な筋肉と、ありすぎてもかえって困る筋肉とがある。

 何せ全部鍛えて、ムキムキが強いんだと誤解して、あらゆる筋トレをする人がいる。まぁ、格闘などどうでもよくて、単に肉体美を鑑賞して喜ぶだけの「ボディビルダー」ならそれで問題はないが。

 言ってしまうと、スピリチュアルのやりすぎ(または追及のしすぎ)は、要らない筋肉をつけすぎてしまうことと同じ。かえってバランスを崩す。

 なんでもかんでも説明を付け、安心しようとする。神について、死後の世界について。魂について。宇宙について。生まれ変わり(輪廻)について——。

 あなたの実際上の生活に何の役にも立たない情報、しかも本当かどうか分かり得ない情報を頭に詰め込み、安心したふうを装う。自分に実感はないけど、尊敬する先生がおっしゃっているから、分からないなりにでも頑張ろうとする。だって「それを知ればば幸せになる。人間として上等になる」と信じているから。



 筆者から見て、スピリチュアル界は迷走している。

(もちろん、私が知ってる範囲でだが)

 ただそう言うのは多分私くらいなもので、他は指導者も含めそうは思っていない。思っていて言わないなら論外である。

 スピリチュアリストたちはそれぞれ、自分の見出した真理に確信を持ち、酔っている。ある程度なら心身共にプラス効果があるのに、そのレベルを越えて痛々しいものになっている場合もある。

 で、その指導者と心酔者という名のファンとが一緒になって、外から見たら大変滑稽なことをしていて、そのことを指導者もついていく人も分かっていない。これは決してバカにしているのではなく、事実を申し上げている。

 このままでは、スピリチュアルは世間一般にも広がりを見せて「当たり前」になるどころか、内輪の盛り上がりだけで当分現状維持だろう。百年か二百年か——

 その一方で、成功哲学や引き寄せなど、現世ご利益をメインとした流れのものは、さらに人気を集めるだろう。(決して良い悪いはない。それもひとつの生きるスタイルである)



 極端なまでに「本気な」スピリチュアルは、黒ひげの当たりの位置まで説明してるような内容だ。すごいかもしれないが、生きるってそれほど「手堅い道・完璧な道」でないといけないかい? それを知らない、やらない連中はクズかい? ダメなやつらかい?

 なら、筆者はそのダメなほうでいい。何でもかんでも霊的真理で明らかにしようとする人種は、このことを知らない。



●知らないで済ませられる勇気、というものがあること。



 そりゃさ、カルマとか潜在意識とか、チャクラとかなんだかとかあるんだろうよ。それを否定はしないさ。でも、それが何だってのさ?

 知らない人は損をする? 知った人は得をする?

 知った人の中でも、できる人・できない人(優等生・頑張るけどうまくいかない人)が出る。人というのは弱いので、できない人はできる人を仰いで、謙虚に頑張り続ける、という美しい物語にはならない。たいてい、内向的な人は自分を責め、それが外に出る人は反動から攻撃的になり、どこかでその攻撃性を発散することになる。で、当の指導者はそういうことに責任はもたない。

 スピリチュアルは確かに救われる人も生むが、一方で鬱屈や攻撃性、排他性を生みだしてもいる。これに気付かないと、スピリチュアルの将来はビミョーである。



 人間、知らない・分からないということに恐れを感じる。だから、知ろう・分かろうとするのは自然だ。しかし、楽しむ上で必要以上に分からなくてもいいのが、この幻想世界の裏からくりである。

 ゲームの外の次元は、こちらとは流儀が違い、人間の認識力・理解力では捉えきれない。その捉えきれないものを頑張って捉えようと背伸びして、やり過ぎとなる。

 ゲームも映画も漫画も、先が分からないから楽しい。黒ひげ危機一発も、どこがアウトか分からないからワクワクするし、真剣にもなる。

 その、「分からない」ことが障害でも敵でもない、ということが本当に分かったら、あなたにこの世で「スピリチュアル」と呼ぶものは必要なくなる。

 そんなものよりはむしろ、人生の流れで分かること・気付けることを大事にし、それ以外はシャカリキに分かろうとしないこと。(もちろん、どうしてもそうしたいなら別)それが中庸の道であり、大事なことである。



 霊的真理探究もほ・ど・ほ・ど・に。

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