当事者の問題

●AKB高橋みなみ、NHKいじめ授業に絶賛の嵐

「アイドルとは思えない」

「教師を凌駕。圧巻」



 昔の話になるが、元AKBのタレント・高橋みなみがNHKの某番組にていじめ問題に関して授業スタイルでメッセージを語った番組について述べたニュース記事を読んだ。高橋自身がかつてじいめを受けた経験があり、いじめ問題に関して人一倍「なんとかしたい」という思いがあっての出演だったようだ。

 彼女が番組にて行った「特別授業」なるものは「子どもたちの心をしっかりつかんでいた」という評価も多く、概ね好評だったようだ。

 このこと自体は、素敵なことだと思う。しかし、記事に載っていたある一文に、筆者はちょっと違和感を抱いた。以下に記事からの抜粋を紹介する。



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 ……そんな「いじめ」の問題をNHKのこの小学生対象の番組で、早いうちから解決することが出来たらおおいに将来の日本に貢献されることでしょう。

 そして、小学生にも大人気のAKB48のメンバーである高橋みなみがMCとなれば、子供たちは真剣にいじめについて考えてくれることでしょう。

 高橋みなみが「いじめ」を解決する一筋の光になることをおおいに期待しましょう。



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 一見、何気ない普通の文章だろう。気付かない人にとっては。

 でも、これがどれだけ怖いか分かるだろうか?

 おおいに期待しちゃいけないんだよ!

 てめぇが立ち上がるんだよ! アイドルじゃなく当事者が何とかするんだよ。

 こういうのを、「他力本願」という。



 ひとつのたとえ話をしてみよう。

 ある女性の看護実習生が小児科の病棟に配属された。

 必然だが、入院中の子どもたちの人気者になる。

 でも、たった一人、寄っても来ず話しかけても無視する男の子がいた。それでも実習生は、素直な気持ちで「この子に心を開いてほしい」と思い、あきらめず接した。

 ある時、男の子が大変興味があることに関して、たまたま実習生が詳しいことが分かり、二人の仲は急接近する。一週間が経つ頃には、他の子どもたちよりも一番の仲良しになっていた。

 でもある日、ついに実習生活最後の日を迎える。実習生は、いつもと変わらないノリで、男の子に告げる。

「私ね、今日で実習終わりなの。色々と楽しかったわ。ありがとうね、早く治るといいね——」

 そこまで言った時、男の子は感情を爆発させた。



●そら見ろ!

 だから僕は、最初からイヤだったんだ。

 いつかこういう日が来るから。実習生なんて、実習期間が終わったら僕らのことなんか忘れてしまうんだって、知っていたから気を付けていたのに……でも、僕が悪い。お姉さんだけは違うかも、って思っちゃった。ちょっと期待しちゃった。これからもずっと、ずっとトモダチでいてくれるって。

 ボク、自分でも勝手なこと言ってるって分かってるよ。でもね、友達もできなくてずっと寂しかったんだ。

 だから、どうしても思っちゃうんだ。

 中途半端に仲良くするんなら、最初からしないでよ!



 ……この経験が、この実習生の忘れられない糧となった、

 彼女は後に、人の痛みや適切な距離感の分かる、素敵な看護師へと成長した。



 継続して関わる責任を持てない立場の者は、関わり方に気を付けるべし。

 一番最悪なのは、考えなしに依存させて、急に姿を消すことである。

 高橋みなみの本分は、芸能人だ。教師でもカウンセラーでもない。ずっとその問題に責任を持てる立場ではない。

 私がちょっとおかしいと思うのは、世間が「彼女がいじめ問題を解決する鍵になることを期待する」という姿勢である。こういう記事を書くのは、かなりの確率でいじめのことなど分かっていないやつが書いている。だから仕方がないが、実際に教育現場にいる者や親たち、そして当事者である子どもたちが高橋みなみに熱い眼差しを向けるのは、おかしい。

 自分たちこそが光となるべき立場なのに。関係者にこそ、その使命があるのに。



 TV番組で、SMAPなどの有名人が突然一般の家庭にお邪魔して、ビックリ大歓迎される、というのがある。他では「鶴瓶の家族に乾杯」なども、そういったもののひとつである。

 彼らは、一時的に相手に感激を与える。そして去って行き、絶対ないとは言わないが、ほとんどのケースで仕事が終われば「二度と彼らのことなど思いだすことはない」。

 でも、こういうのはいいのである。そもそも深入りしないことが前提だし、「わーすごい!キャ~」 と一般人側も一時的な出会いに過ぎないと納得して終われる世界だから。しかし、「いじめ問題に切り込む」というのは同列で語ってはならない。

 通りすがりは、一番迷惑だ。高橋みなみが、本格的に教育分野に活動比重を移す、というなら大したものだと思う。でもそうしないなら、気を付けたほうがいい。

 周囲に依存させないよう、過度の期待をさせないよう慎重になったほうがいい。距離感は適切に保った方がいい。でないと今はいいが、周囲の期待に応え続けないとどこかで失望される。本人が最善を尽くしていても、相手の要求度合いに合わないと勝手に悪く思われる。



「夜回り先生」の名で有名な水谷修先生がいる。

 どちらかというと、この方も「有名人」のカテゴリーに入り、ひとつところで腰を落ち着けて特定の子どもとガチで向き合う、という感じの活動ではないかもしれない。でも、この方の場合有名人要素が強くともちゃんと「教育の世界」という枠の中に入る。有名人という立場になどまったく毒されず、きちんと教育界という地に足を付けて奮闘されている。

 いじめの世界とは、表面的な関わりや一時的な関わりではほとんど解決できない世界だ。有名人が教育問題に関わろうとするなら、水谷先生のあり方に学ぶべきだ。

 


 結論として、私は高橋みなみがいじめ問題に取り組むことそれ自体は、いいことだと思う。

 人間、ちょっと会っただけの人や少ししか関わりを持ってない人からであっても、人生を左右する影響を受けたり気付き得たりすることはある。そういう意味で、たとえ継続的でなくても世間の子どもたちに、じいめ問題に向き合うことは意味がある。

 ただ、あくまでも彼女は「ヒントを与えるために利用してもらう存在」であって、決して主役ではない。そこを誤解されないように気を付けるべきだ。

 有名人だからその発信には影響力があって、普通人ができないことをしてくれるのではないかという過度な期待だけが問題なのだ。あくまでも彼らは「通りすがり」なのだ。

 一筋の光となるべきはあくまでも当事者であって、高橋みなみであってはいけない。彼女はかえって、光を浮かび上がらせる闇であるべきだ。光そのものではなくそれを助ける黒子であるべきだ。

 その立ち位置に適当でいると、それは個人的賞賛の声を呼び、歯車が狂っていく。



 それは、スピリチュアルの世界でもそうである。

 覚者や、スピリチュアル発信者個人がキャーキャー賞賛されるのはちょっと違う。

 あくまでも主人公は、皆さん一人ひとり。筆者などは、皆さんの幸せのために利用していただく道具に過ぎない。

 それをわきまえていたって、人気が出てしまったら周囲をコントロールできない世界だ。イエス・キリストなども、依存させないよう気を付けていても、結果として大群衆が追っかけをしてしまった。気を付けてさえそうなるのに、ましてやそのことに配慮しない(むしろ喜んでさえいる)発信者がいたら、大変。

 


 芸能界やスポーツ界で有名になり賞賛されるのは、その性質上何の問題もない。

 ただ、宗教界やスピリチュアル界、そして教育界という分野で「突出した人・人気のある人」は似つかわしくない。どうしても出現はしてしまうが、そうなった人物は自分の出し方のさじ加減に、常に配慮するべきだ。

「有名人が、あこがれの歌手が自分に話してくれている」という感激から一時的に分かった風になってくれている子どもがいる可能性は、いやらしい話だがなくはない。 しかしその一時的な改心に本質はないので、ほとぼりが冷めればまた問題はぶり返す。根を処理したわけではないから。残念だが、高橋みなみが同じ子にまた会って助けてくれる可能性は、限りなくゼロに近い。


  

●ヒントや元気は、彼女からもらっていい

 でも、最終手を下し、問題解決を成し遂げるのは当事者たちである。

 主役はあくまでも自分であるということをわきまえられるなら、外部の何を利用してもらってもいい。ただ、光は当事者であるべきだ。

 


 あと、現役教師の皆様へ一言。

 高橋みなみに期待している先生がいたら、現場に立つ者として、プロとして失格です。あなたが、主役なんです。子どもにとっての一番身近な光、なんです。

 こういう問題で、現場よりアイドルに期待されてしまう現状に、危機感を持ってください。

「高橋みなみ、教師を凌駕」なんてマスコミに言わせておいてはいけません!

 先生方が奮起すれば、道はあります。

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