何だそうか! 悟り発見伝
賢者テラ
まえがき
私は、小さいころから本ばかり読む子でした。
そのせいか、考えることにおいて少々「ませて」いました。
生きるとは何か。命とは何か。宇宙に始まりがあるなら、誰が作ったのか。宗教はそれを神と呼ぶが、神は本当にいるのか。死んだらどうなるのか——
そんなことばっかり考えていました。中学生になると心理学関係の書物を好むようになり、高校でとうとう聖書に手をだしました。この時は「読み物」としての興味のみで、信じるとかいう次元にはいきませんでした。
大学生になって、ある新興宗教に勧誘され、どっぷりとハマってしまいました。
ヘタしたら、お金も自分の人生も含め、その教えのためにすべてをなげうつ手前までいきましたが、親が「脱会屋」に依頼したことで監禁され、紆余曲折ありましたがその宗教を抜けるに至りました。
その後、宗教にはこりごりだった私は普通に就職し、七年ほど日々をフツーに働きフツーに楽しみましたが、色々な困難が人生に降りかかってきた時、再び「本質的なことを考える」クセがぶりかえしました。
新興宗教などではなく、大昔からある伝統的な「既成宗教」なら安全だろうと思い、高校時代には興味本位で手を出した聖書を、本気で理解してみたいという思いから、近所のキリスト教会の門を叩きました。
若者不足を宗教界全体が覆っており、私が所属した教会もその例に漏れず、私は老齢の牧師から将来を期待され、将来は後を継ぎなさいと言われました。
それに気をよくした私は、神学校と呼ばれるところに二年間通い、一通りの聖書研究(神学)を学び卒業しました。私は牧師に次ぐ立場である「伝道師」という肩書を持って、布教に励む日々を送っていました。
しかし、元来知的好奇心旺盛な私は、「なぜ聖書にこんなことが書いてあるんだろう」「なぜイエスは、愛の神に等しい存在なのにこんなことを言ったのだろう」など、様々な矛盾に関して疑問に思わざるを得ませんでした。
だからといって、キリスト教の側にそれらの疑問に対する答えはなく、「疑わず、ただ信ぜよ」の世界だけで、だんだん満足できなくなっていきました。
その頃出会ったのが、精神世界(スピリチュアル系)の本です。
大型書店に出かけて「キリスト教」のコーナーをあさるのが常だったのですが、気まぐれに隣の棚にあった「精神世界」のコーナーの本を手に取ってみたのです。それが、思わぬ人生の転機となりました。
当時もっとも影響を受けたのが、『神との対話』というシリーズでした。教会にいたのでは決して聞き得ない、納得できる情報の数々があり、「教会で教える神よりも、こちらのほうが本質を突いているのではないか」とさえ思いました。
私は教会での活動を続けながらも、その陰でスピリチュアル系の本を読み漁るようになり、ついに余暇を利用してその手のセミナーにさえ通うようになりました。
そんなある日のことです。
夜、ふとんの中で寝付けずに考え事をしていました。
さんざん考え疲れ、ウトウトしかけた「寝入りばな」に、それは訪れました。
詳しくは本編に譲りますが、「悟りを得る」体験をしたのです。
お釈迦様が菩提樹の木の下でした、と言われるアレです。
私の正体は人間ではなく、スピリチュアル用語では『ワンネス(大いなるひとつ)』、仏教的には『
自他(私とあなた、それぞれ別の存在)というのは本来なく、それをこの世で「演じているだけ」だと。究極的には何も存在せず、究極の根源は神などではなく「絶対無」であり、よってすべては幻想であり夢(あるようには見える)だと。
キリスト教に身を捧げてきた私が、(正確ではないにしても)キリスト教よりも仏教的世界観の方がこの世界の本質に近い、ということが皮肉にも分かってしまったのです。
この時には40に近い年齢になっていましたので、今教会を離れて就職できる(食っていける)保証はどこにもない。非常に勇気のいることでしたが、私は自分にウソをついてまで教会にいることはできなかったので、大きな賭けでしたが教会をやめ(というかクリスチャンであること自体をやめ)自分自らメッセージを発信していく、ということをし始めました。
コネなし。実績なし。最初まったく無名の私でしたが、少しずつブログのアクセスも増え、色々あってお話会を開催させていただくことまででき、本も二冊出版させていただくまでになることができました。
今現在は、スピリチュアル業界の第一線からは退き、細々と活動しています。今回、これまでブログに書いたりお話会で言ったりしてきたことを、きちっとひとつの書としてまとめてみる気になりました。
約五年あまりの活動を記録にするため、結構な長さのものになると思います。
クリスチャン歴が長いため、聖書やイエスの言葉を引用した話題も多いのですが、そういう話は『クリスチャンがひっくりかえる聖書物語 ~イエスが本当に言いたかったこと~』という別作品にまとめてありますので、ご興味のある方はそちらも併せてご覧ください。
さて、ここから「悟り」というテーマにおける膨大な私の考察を述べていきます。
その内容は、必ずしも現在有名な先生方の言うところとは一致しない部分も多いことでしょう。でも、どちらが正しくどちらが間違っているか、という視点で読むのはもったいないことです。
今の自分にとって、採用したい内容かどうか。好きかどうか。
「あなた」自身が、自らの選択で決めてください。決して、他人が(大勢が)どうだからということではなく、あなたが宇宙の王として。人生の主人公として。
この書が、流されて生きてきたあなたが自らの人生の『主権』を取り戻すお手伝いに役立てば、これに勝る幸いはありません。
2019年11月21日 賢者テラ
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