第4話「作業開始!!」

「良し、いいぞ」


 額に汗を浮かべながら冒険者が言う。光の球として浮かぶ彼の守護精霊が熱をコントロールし、ガラス質を柔らかくしていた。


 透明な素体を、私とペコは慎重に開いていく。


 凄い。付与された式を保ったまま曲げることが出来るなんて。火特性では絶対に出来ない、水の流体特性ならではの技だ。

 きゅいきゅい、と鳴きながらペコはその奥、砂地へと土の力で干渉。私の意図をちゃんと読み取って、砂がこぼれないよう押さえてくれている。


 ああ、この子は生まれたばかりだと思っていたけど違うんだ。小さな頃、たまに近くに感じていた精霊の気配、あれはきっとこの子だったに違いない。


 ペコが集中している間に、私は内部の核へ鉗子というハサミのような道具を差し込む。砂とうまい具合に分離した核を丁寧に引っ張り出し、脇へと置いた。

 間近で見るとわかる。卵モチーフで形を整えたのではなく、これはモンスターの体内で魔石化した文字通りの卵だった。


 私はその横に置いておいた、新しい卵型の核を持ち上げる。間に合わせとは言え、本物の卵と比べるとゴツゴツと不格好の品だ。


 出来栄えの差に恥ずかしくなるけど、今は気にしていられない。魔力の供給が絶たれた術式が死ぬ前に、それを持ち上げて内部の砂へと入れていく。

 私がこの作業に集中できるのは、冒険者がガラス質の柔らかさを維持し、ペコがその部位と砂をおさえていてくれるからだ。


「良し、ペコ。砂はそのままガラス部分をゆっくり閉じて」

「きゅい。きゅきゅ!」

「出来たー!!」


 ガラス質が閉じたのを確認して、声を上げる。冒険者も頷き火の維持もお終いだ。何とかなって良かった。


 私はほっと一息し、床にお尻をついてしまった。気付かなかったけど、私も相当汗をかいていたらしい。

 拭いながら隣を見れば、ペコもきゅーと鳴いて尻もちをついている。カワウソという動物は見た事ないけど、随分人間臭い生物なんだなぁ。


「これで、良いんだよな? な?」

「もうちょっと様子をみないとだけど、多分」

「良かった。ありがとう。君は凄いな」


「……基本的なことをしただけだし、ただの間に合わせだよ」

「検分して何をすれば良いかを正しく見抜き、それを実行するなんて普通できやしないって。流石守巫屋かみふやの娘だな!」


 冒険者は楽しそうに両手を振ってまで言うのだから、こっちが恥ずかしくなってしまう。ペコなんて床に転がってきゅっきゅ鳴きながらゴロゴロしている。


 もしかして守護精霊って感情とかも共感するんだろうか。


「……お父ちゃんもそうやって認めてくれたらなぁ」

「なんだ? 君のお父さんは自分の娘が優秀だって知らないのか?」

「普通にお嫁さんに行って欲しいんだってさ」

「勿体ない。精霊と契約したばかりなら16だっけ? 職人の元でそれだけ技術を学べる境遇なんて早々ないんだぜ?」


 私も、そう思う。革袋に入れていた水を2口飲んで、ペコへと渡しながらため息をついた。ペコは受け取った水筒を両前脚で抱えてちょろちょろと舐めている。


「私だって、そのつもりで15までの見習い期間ずっとお父ちゃんの手伝いして来たよ。でも、守護精霊が火じゃないと俺の技は継げないって」

「いやいや、守護精霊が親子で揃うなんてこと早々ないから。だから契約から4~5年、修行期間として出向するのを推奨してんだろこの国は」


「そうなの?」

「色々な経験を積め、だ。流れの冒険者が職人一家に口出せるもんじゃねぇけどさ。なんなら俺が説得……なんだ?」


 冒険者の男が怪訝な顔で応急処置をした素体の方を見る。私もつられてそちらを見て、ぞくりと寒気がした。


 作業台に黒い靄がかかっている。いや、集まっている。置かれていた素体が目の前でふわりと浮かび上がり、透き通った本体から見える核が、スッと深い黒に染まった。


「なん、で」

「ああ、くそ。あいつ、浄化ミスってんじゃねーか! モンスター化するぞ!」


 実体化しつつある黒い腕がこちらへと伸びる。あ、と思った時には。きゅっという鳴き声と共に突進してきたペコに突き飛ばされていた。痛い。床に肘を打ち付けて、骨に響く痛みが走る。


 痛みに耐えながらも顔をあげれば、ペコが黒い腕に捕まれ苦しそうにしている姿が見えた。

 その瞬間、身体が圧し潰されるような感覚がこちらにもやってくる。急なことにビックリし、押し出されるように息が漏れた。


「ひぎっ」

「嬢ちゃん! ええい、畜生……!」


 視界の隅で、冒険者が引き抜いた剣を浮いた素体へと叩き入れるのが見え――。

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