記憶と戦争

 少女の態度が豹変した。

 忌まわしい記憶を覚醒させたように俯き、しばし沈黙する。やや心配になった騎士が肩でも叩こうかと手を伸ばしたとき、スミエは顔を上げて明かした。

「……妖怪。この地方でいう妖精たちが人間界に攻めてきて、戦争になったからよ」

「妖精が!?」

 あまりの衝撃にクロードは言語を失する。彼女と出会ってからこれまでで、最も信じがたいことだったかもしれない。


 妖精の関与で並外れた幸福や不幸に陥る人間の物語は数多ある。人外の霊的存在はみな〝妖精〟と呼称され、人にとっていいものが〝天使シリーコート〟よくないものが〝悪魔アンシリーコート〟などとされているのみだ。クロード自身ある因縁で危険も自覚しているが、そこまでの戦争に発展した事例など、人と妖精がこの世の覇権を競った神話時代にしかないはずなのだ。

 その戦乱を通して、物理的な人界は魔法的な妖精の生存にそもそも適さないと判明していったとされる。以来、昨夜のオーガなどいくらか実体があるが故に未だ人界の所有権を主張するようなタイプならともかく、彼らのほとんどは自分たちが本来いた妖精界に撤退したという。


 そういう歴史を学習してきたものだから、クロードは訊いた。

「どうして、そんな事態になるんだ?」

「あたしたちもよく知らない。でも、科学は魔法の代用にはなりきれないの。あなたなら想像はつくでしょ」


 解答は明確だった。

 妖精はもとより魔法生物である。未来に魔術がないとなると、まずまともに相手はできないだろう。物理的接触が一切不能な種も珍しくはない。対して、妖精が平然と行使できる妖術はほとんどが物理世界にも直接影響を及ぼしうる。


「あたしたちは、どうにか彼らの魔法メカニズムを解明して対抗しようとした。そして発見したの」

 少女は、次の発言を極めて重要なことのように紡いだ。

「――巨大な魔法円、〝魔法球まほうきゅう〟を」

「巨大とは、どの程度だ?」


「地球規模」


「ち、地球だとッ!?」

 さっきからびびってばかりいるようだがしょうがない。

 地球が球体だとはクロードもギリシア天文学で勉強したが、そうとう大きいはずだ。そんな規模の魔法に想像が及ばず、反復するしかなかった。


 そこに、スミエは慎重に説明する。

「妖精たちとの戦いで判明したのよ。彼らが、〝レイライン〟って呼称される古代の史跡で結ばれた霊的エネルギーの流れで地球に巨大な魔法球を描いてて、それが発動したことであたしたちの人間界で魔法が封じられたってね。例えば、あのオーガに襲われたところにあったみたいな遺跡はその構築途上の一部なの」

 個人的な因縁から妖精をあまり信頼しないクロードだが、なおも半信半疑だった。もっとも、理屈がつく箇所もある。

 それが事実であり妖精が準備していたとなると、ああいったところに連中が集まりやすいという不思議を解明できそうでもあったからだ。

 少女はさらに告白する。

「彼らに対抗しようとあたしたちも魔術の研究成果に科学を組み合わせて、一つだけ新たなものを生み出せたんだけどね。それが、ゼノンドライブなのよ」


「昼間に言っていたものだな。なんだったか」


「古代ギリシャの哲学者ゼノンのパラドックスみたいに、人間にある無限の思考力をエネルギーに変換する半永久機関。これは半分魔法だから、機械のような物体じゃない。頭の中にあるの。あたしが通常の感覚で理解できることなら、やろうとすればなんでもできる万能装置よ。だからこの時代にも来れたわけ。けど、使う目的を絞らないと宇宙さえ滅ぼす恐れもある」

 あまりにとんでもない内容に、騎士は愕然としてしまう。しばらく少女と目線だけをぶつけていたが、彼女の瞳に嘘の陰りはなかった。

 燃えた薪が崩れた音で我に返り、ようやく彼は声を発する。

「……とりあえず、そんなトンデモを受け入れたとしてもまだ解せないな。なぜ妖精は現在や過去でなく、おまえたちの時代でそんな大規模に人間を襲ったんだ?」


「だから」スミエは辛い思い出を噛み締めるようだった。「あたしたちにとっても襲撃の理由は謎なのよ。攻めてきたのも〝アンシリーコート連合〟ってとこに所属する連中だけで全員じゃなくて、味方になってくれる妖精も少数いるんだけど、彼らも裏切り者とされて委細は教えられてないそうだし」

「なら、おまえはどうしてこの時代と場所を選んだ?」

「魔術封じを完成前に止めるため。あたしたちは未来でレイラインを壊してみたけど、発動したあとだから無駄だったの。だったら、過去でなにかするしかないでしょ」


 自称未来人の解説によれば、レイラインは魔法なので一度発動して霊的エネルギーが通ってしまえば、通路となった遺跡をいくら潰しても意味がないらしい。

 魔力が流れたという事実が、物理的にいかなる対処をしても消せない線として残存し続けるのだという。これらをちょっとずつでも繋げて魔法陣を完成させさえすれば、妖精たちの目的は達成されるというわけだ。


「すると、ハーメルンが次回の要所というわけか」

「まあね。止められそうなレイライン構築の候補はいくつかあったけど、魔法と関連する過去といえば中世ヨーロッパを基にしたファンタジーが定番だからそこならなんとかなるかなぁ~ってわけで、ここを選んだの」

「よく意味がつかめんのだが」


「簡潔に表現すると、適当」


「なんだそれは!」今度はクロードがこける番だった。「てっきり、印象と似つかわしくない才能でも備えているのかと自省しかけたのに」

「どういうことそれ、あたしをバカっぽいって判断してたわけ?!」

「簡潔に表現すると、そうだ。――ぎゃふッ!」

 ぶん殴られて地面を転がる騎士。

「こ、この暴力性だしな!」どうにか起き上がって彼は怒鳴る。「ここを選定したことより、おまえが派遣されたほうが不思議だわ!」


「……」


「ど、どうした。急に?」

 やにわに、少女が神妙な顔付きでおとなしくなったので、クロードは若干心配した。

「……選ばれたわけじゃないよ」

 スミエは、自嘲するように回顧しだした。

 現時点からは約千年後の、あの日のことを。

 深刻そうな内容なので、クロードは彼女のそばに帰って静聴してみることにした。

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