Le 20 juin 1284
科学と魔法
昨日はパンツを覗いたと蹴られ、今日はヌードを覗いたと殴られ。クロードは、うんざりした心気で夜を迎えていた。
「まったく、なんなんだおまえの魔法は」
いくらかハーメルンに近づいた平原で焚き火を囲み、手頃な石に腰掛けて愚痴る。
「――いや科学といったか。それ以外のことでも気が合わなすぎてまともに旅ができん。〝チェンジリング〟なんじゃないかと疑わしくなるくらいだ」
「チェンジなんとかってなに?」
焚き火を挟んだ反対側で石に座り、クロードが楽しみにとっておいた干し肉を無遠慮に頬張りつつ、スミエは訊く。
「……はあ、魔法世界に無知なんだったな」
少女は食物を持参していないらしいので、分担も仕方なかった。とはいえほとんど彼女が食べているのだが、優しくするのが騎士だと己を説得するも、苛々しながら彼は解説する。
「チェンジリングは親の妖精によって人間の子と取り替えられた子妖精、〝取替え子〟だ。生まれて間もない故に生前の世界に近い子供は魔力が強く妖精に似ているから、洗脳して仲間を増やすためにそんなことをするとされる。取替え子は伝承では変人だったりするんだ。異様に頭がよかったりもするそうだが」
「あたしが賢そうってことね、ありがと」
「…………とにかく」
おめでたい少女の解釈にツッコむのもめんどうで、クロードはさっさと提案する。
「落ち着いているうちに互いのことを学習しておこう。くだらん揉め事はもうごめんだ」
「こっちこそ。あんたが痴漢セクハラ行為して空気悪くしてるだけでしょ」
スミエが不平をもらす。体育座りでも今度はハーフデニムパンツに着替えているので、先日のような心配はない。
「こほん」クロードは蒸し返された話題を咳で払う。「こちらにも言い分はあるんだが、同行を頼んだのはそちらだ。手始めに教えてもらおう、おまえは実際のところどこの出身なんだ?」
「だから、未来だって」
「んなこと信用できるわけがなかろう」
「じゃあこれ、こんなのこの時代にある?」
数刻前に壊れたが瞬く間にゼノンドライブとやらで修理した、スマホとかいうものを差し出してくる。
「見たことはないが。世界は広い、異国にはあるのかもしれん。おまえ自身、シルクロードを通ってきた東洋人のような目肌の色だ。異教徒の魔法なぞ詳しくないしな」
「うーん、日本人ではあるけどね」
要領を得ないクロードに、スミエは悩むように顎に手を当てながら回答した。
「だったら、あんたたちの魔法に石を降らせるようなものはある?」
「魔女がそんなことをするな」
「そう」彼女はぽんと手を叩いた。「じゃ、投石機ってあるでしょ。あれも石を飛ばして降らせるけど、原理が違うじゃない?」
「そうだな」
「投石機の方みたいなものを扱う技術が科学よ」
ちょっと思索してから、騎士は口にする。
「……つまり、おまえが利用してるのは異国の科学だと?」
「未来の!」
「……こうか」クロードは閃いた。「つまり投石機という科学も往時に造られるまではなかったように、今後ああいう仕組みで動作する新しい装置も生まれてくる。そういったものの発展したものが未来の科学というわけだな」
「そうそうそうよ!」
少女は身を乗り出してくる。
「で、科学によって未来から到来したと」
「正解! あなた、けっこう頭いいのね」
褒められてまんざらでもなかったクロードだが、断りも入れておく。
「信じるかとは別だ」
スエミはずっこけた。あまりに残念そうなので、いちおう騎士はフォローもしておく。
「……ただ、王都パリでさえ見聞きしたこともない技術ではある。それで、異国の魔法だろうと未来の技術だろうと、問題は変わらん。おまえはそもそもなんでハーメルンを目指しているんだ?」
「あ、ああそこね」どうにかスミエは身を戻す。「あんたたちにとっては当たり前らしい魔法だけど、未来ではほぼ失われてるのよ。何者かによって、歴史までそんなものがなかったかのように捏造されちゃってる。いわばあたしたちにとっては
「魔法がなくなった? まさか! ……待てよ」
驚愕しつつもそういうことなら相手の無知さに納得できそうなクロードだったが、妙なことにも気付いて尋ねてみる。
「ではここまでの内容が正しいとしよう。科学とやらにもいろんなことができているようなのに、なぜ魔法を必要とする?」
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