Le 1? juin 1284

男爵軍と子爵軍

 クロードと袂を分かってまもなく。

 子爵側傭兵団の隊長となったロドルフは、自らの部下たちと本隊との合同で、男爵側の城攻めをしていた。

 本格武装した両軍のうち、子爵軍は百人前後、男爵軍は数十人。数でも倍近い差があったが、男爵側はろくに抵抗することもなく開戦後ほどなくして城に引き上げていた。おまけに、小山の上に立つ居城は小さい。


「想定以上の楽勝だな」

 城門前で、ロドルフはさっそく勝利宣言をする。

「賠償金を支払えばいいものを、なんで挑戦を受けたんだ。すぐに籠もって勝算があるのか?」

 所詮、籠城戦は援軍を当てにした戦法だ。たちの悪い子爵に楯突いて脆弱な男爵に味方しようという人間などいなかった。城も小さいし物資の枯渇も短時間だろう。なのに、子爵側には小規模とはいえ投石器や攻城塔まである。

 男爵側も熱湯や弓などを城壁上から降らせて抵抗はしているものの、もう壁面はぼろぼろで、閉ざされた門も盾を構えた兵士たちが破城槌ラムで破りに掛かっている。


「侮るのもどうかしら」

 ところが、恋人のアンヌが傍らで意見した。

「というと?」

「物理的には脆いけど――」

 ロドルフの質問に、彼女は分析する。

「魔術結界は似つかわしくないほど堅牢よ。敵軍に強力な魔力の持ち主がいるみたい。用心はしたほうがいいかも」


 そこは気掛かりなところであった。


 現に投石などの物理的な効果に比べ、魔術による破壊はほとんど効いていないのだ。まるで、何者かが強い防御魔法でも用いているかのように。

 最も単純な魔法陣は単なる円で、それだけでも外界と内陣を分かつ境界線として魔術的な意味があり、城を囲む城壁も立体魔法円として機能する。新たな建築物を配置するなどして図形に細工すれば、効能は上がるだろう。物理防御を高める魔法も発動可能だが、そちらは薄いので油断していた。

 裏があるとすれば、そこに奇策が隠れている可能性はある。


「姉さま」

 なにか対応をしようとしたところで、さらに隣からボワヴァン姉妹の妹セシールが口を挟んだ。

「わたくしたちが退くべきとおっしゃりたいのですか。クロードと決別してまで参戦したというのに、それでは彼にもピエールにも顔向けができません!」

 珍しく強い語調の彼女は、瞳に涙まで蓄えている。


 これには、アンヌも怯んだ。妹の訴えは苦手だったのだ。

 彼女たちの両親は酷い虐待をする人たちで、姉妹そろって修道院に捨てられて育てられた。そんな境遇にありながらセシールは真っ直ぐで、歪んでしまったアンヌとは違った。かといって姉を嫌うわけではなく慕ってくれるのだから、健気で可愛い大切な存在と思っていたのだ。

 妹の恋人たるピエールは現在、念のためにと敵援軍を警戒しての偵察に出ている。彼自らが志願した役割であり、本心では未だ親友と離れての戦いに後ろめたさがあるようだった。


 そこで、ことは起きた。


「大変だ、ロドルフ!」

 遠方からの声。

 城壁に対向していた一行が振り返ると。丘の下の風景奥から、騎兵が一つ駆けてくる。


「どうした、ピエール?」

 声質とどうにか窺える容姿から同胞と判断して、ロドルフが呼びかけた。すると、相手は叫んだのだった。


「妖精たちが進攻してくるぞ!!」


「なんだと!?」

「とにかく、背後の妖精軍をどうにかしろ。このままだと挟み撃ちにされる!!」

 ざわつく子爵軍。けれども、混乱は短かった。

 本陣に帰ってくるピエール。彼の後方に、自軍を遥かに超える魑魅魍魎の影たちが目に見えて現れだしたからだ。

 軍馬に跨がる騎士の姿をした妖精騎士ディナ・シーが中心の、妖精騎馬行フェアリー・ライドだ。


 事態がはっきりし、戦慄する子爵側陣営。ロドルフは大声を張り上げた。

「よ、傭兵部隊。全員城から離れろ! 本隊と連携し、後方よりの妖精軍襲撃に備えるんだ!!」

 本隊からも類似した号令が掛かる。子爵側の全軍がそうした動きに転じた。


 途端、第二の異変が勃発した。


 ――城門が開き、男爵軍が反攻に回ったのだ。騎馬隊を突撃させてくる。

 城壁に沿うように、虚空からは凶悪そうな妖精たちも多数這い出してきた。

 こちらは、塀に沿って出現することで知られる二足歩行する狼の姿をした半人狼リュパンが中心。強い魔力を有し実像も消せる彼らが、壁面を覆うように整列しつつ積み重なって潜伏し、盾ともなっていたのだ。

 これでは、魔術攻撃の威力が減少するわけだった。


「くそっ!」ロドルフは絶叫した。「男爵は妖精と結託していたのかッ!?」


 そう。紛れもなく、たちの悪い子爵に楯突いて男爵に味方しようというなどいなかった。

 ――〝妖精〟がいたのだ。

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