未来と透視
応答する騎士の言葉を聞いているのかいないのか、スミエはポケットから妙なものを出してなにやらし始めた。
こちらも、クロードが目にしたことのない物体だった。手の平ほどの薄い長方形型で、広い面の片側が明るく光る。
彼女が表面に触れると、そこに映像が表示された。
『澄恵』
物体内部から、年配の男の声が流れる。
光景は酷く歪み、砂嵐のようなものを交えて乱れ、どこかの屋内を映していた。ところどころで壁面から火炎や放電が噴出し、あちこちで人々が逃げ惑い、煙と破片が飛び交っている。
そんな惨状を背に、声音の主らしき白衣を纏った利発そうな中年男が、傷だらけで薄汚れつつも必死になにかを訴えているのだ。
『……データでは、……が損傷。……も作動……。あちこち崩れ……、おまえ以外に……。つまり……、……できる人間は君だけ……。妖精たちは……、この規模の襲撃だと……。頼む、……脱出して……』
そこで像は途切れ、色彩は暗転した。
「どうやら、手掛かりには辿り着けそうね」
囁いて物体を胸に抱くと、スミエは晴れ空を仰ぐ。心なしか、涙ぐんでいるようだった。
「よく事情がつかめんが」クロードは尋ねた。「なんだそいつは?
「スマホよ、スマートフォン。てか、こっちからすればクリスタルなんとかって方が謎だけど」
呆れたようにスミエは答える。対するクロードには問題が増えるばかりだった。
「かもしれんが、おれにはそちらこそが聞き慣れない魔術道具だ。ドワーフの作か?」
思わず、彼はそいつに片手を伸ばす。
「これでも好奇心は強いほうだ。いろいろとおまえから学習しながら歩むのも悪くないかもしれん」
「だったら、まず魔法じゃなくてこれ科学だから。いつまで間違えてんのよ。で、あたしは未来から来たの」
スミエは少年から遠ざけるようにスマホを抱き寄せる。これまで以上におかしなことを口走る彼女に、唖然とするしかないクロード。
「……そいつが魔法でないというだけでも信じがたいのに、未来とかぬかしたか?」
耳を疑って、彼は推理してみる。そういえば、昨夜も少女はそんなことを称していたのだ。
「もしかしたら言語のずれかもしれんな。君の国や民族での呼称は異なるのかもしれんが、未来というのは――」
「ええ、先の時代よ。ゼノンドライブによる翻訳は正常に機能してるわ」
これまた妙な即答をする自称未来人。そういえば、異人らしい彼女がやたらと流暢なフランス語を発音するなと、今さらながらにクロードは違和感を覚えた。
「なんだか、不可解だな」疑問を解決すべく、問うてみる。「旅路を共にするなら、こちらも君のことを勉強しておきたい。例えば、おれの傷を回復させたのもそうだろうが、オーガの攻撃を弾いたあの魔法。あれは、キリスト教の白――」
〝――魔術に似ているが、どんな原理なんだ?〟
と、座り直しつつ改まって台詞を紡ごうとして、足が滑った。女の子座りしているスミエの両膝の間、その真ん前に顔が位置する形で倒れる。
――こういうことが、クロードにはよくある。原因も理解している。
けれども目下のところは、自称未来人の膝上丈スカート内にあったやたら小さな純白下着を覗く格好になったことへの、言い訳をしなければならなかった。
「白?」
スミエが呟きつつ目線を追った自分のそこ。
これまた騎士には馴染みがなく露出の高い、ほとんど局部しか隠していないようなフリルの付いた布である。
彼女が頬を朱に染めだしていた。照れているならまだいいが、残念なことに眉を吊り上げている。
「ってどこ見てんのよッ!!」
「ごふっ」
咆哮を上げたスエミは、さっきまでの怪我人を構わずビンタした。
「ご、誤解だ」
あまりの痛さに、しどろもどろになり這って距離を置くクロード。鍛えてる騎士に平手でこれほどのダメージを負わせるとは、こいつマジでオーガ倒せたんじゃね?
などと疑念を抱きながらも、彼は抗議する。
「というか、さっきは自分から性的にからかうようなことを口走ったくせに!」
「自分からと他人からじゃ天地の差よ!」
「ぎゃー!!」
組んだ腕で喉を絞めるよくわからない技をくらい、遍歴騎士は断末魔の悲鳴を上げた。
――これが、彼の不幸な旅の始まりだったのである。
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