Le 19 juin 1284
目覚めと頼み事
疲労とダメージでクロードは気絶するようにそのまま寝てしまい、昨日の朝、オーガに襲われていた少女に起こされたというわけだった。
「あ、目が覚めた」
「……ん、おまえは昨夜の?」
仰向けの姿勢からぼんやりと記憶を引き出しながら、自分を覗き込む娘にクロードは応じた。
流暢なフランス語と暗闇のせいで夜間は気づかなかったが、どうやら助けた少女は人種が異なるようだ。それでも、歳はそう離れていなさそうだとわかる。
「あの件はありがと」少女は、自らのそれなりに膨らんだ胸に手を当てた。「あたし、
おかしな単語を交えてスミエと自己紹介した彼女の目鼻立ちは、フランスでも美人とされるだろう整い方だが、肌は黄色っぽく長髪は栗色。瞳は黒かった。
「あ、ああ。おれはクロード、クロード・オリヴィエだ」
名乗りつつ痛みを覚悟して上体を起こす。彼女が掛けてくれたのだろう、持参していた布団がずり落ちた。
――苦痛はなかった。
オーガの一撃をまともにくらったのだ。骨にひびくらいは入っていそうな重みだったのに。
妖精の遺体はまもなく消えてしまうが、検めると身に着けたままのクロスアーマーは破損していた。衝撃は幻想じゃない。
クロードは魔法だと直感した。この娘が治療してくれたのだろうと。オーガの棍棒を防いだ防御魔法といい、白魔術師なのかもしれない。
「クロード」少女が反復した。「西洋ファンタジーRPGっぽくて素敵な名前ね」
言ってる意味は不明瞭ながら、アヒルのような座り方ではにかんだスミエに、不覚にも騎士はどきりとする。夜闇では判別できなかったが、彼女がかなり脚の出る服を纏っているせいでもあった。
もっとも、そんな感情もごく短い間だけだった。
「ねえ、目覚めて早々ずうずうしいんだけどさ。お願いがあるの」
本当に図々しいことに、いきなり頼みごとをしてきたからだ。
自分を助けて怪我を負ったばかりの相手に遠慮のない女だな、と少々クロードは身構える。
口にはしないも、服装からして巫女か踊り子っぽいと目星も付けだしていた。色っぽいが、娼婦とまではいかないどこか儀式めいたしっかりとした装いだからだ。
それでも。〝慈愛、寛容、奉仕〟は大切な騎士道精神であるため、快く応じることにする。
「……なんだ? できることならなるべく助力になるが」
「ほんと!」
すると、スミエは彼の片手を両手で握ってねだった。
「あのね、あたしよそから来て右も左もさっぱりなわけ。道案内とかしてほしいのよね。あなた旅の剣士っぽいし、地理とかに詳しそうだし」
「いかにもおれは遍歴の騎士だが、……男だぞ?」
「だから?」
「だからって、あの、信頼できるのか?」
あっけらかんとした少女の発言に、半ば呆れつつ返す。自分のほうが変な想像をしたようで顔が熱くなり、早口に捲くし立てた。
「せ、聖地への巡礼とかなら修道騎士にでも頼んだほうがいい。見習い騎士より頼りになるだろう、テンプル騎士団の支部にでも案内しようか?」
「あー、ははーん。なるほどねえ」
スミエはクロードの危惧を読み取ったらしく、からかうようにほざいた。
「つまり、あたしが可愛すぎて理性を保つ自信がないんだぁ~?」
「な、なにをはしたない!」
とっさに立ち上がってしまうクロード。至って潔白だが、よけい怪しまれかねない言動になってしまった。
「おれはただ、格好からして破廉恥な君を心配しているだけだ。それじゃ妖精はおろか、野盗にも狙われかねんぞ!」
どうにか指摘すると、スミエはなおも楽しげに微笑んだ。
「ふふふ。ま、どっちにしろあたしには誰も手出しできないから、安全なの」
「オーガから逃げてたろ」
妙な自信を巧言する相手にツッコむも、クロードは騎士道精神のためどうにかそこで堪える。
「昨日の見たでしょ」彼女は彼を仰いで、やや膨らんでいる程度の胸を張った。「やろうとすればバリアを張れるのよ。とっさにできるのは、あたしの健康を護れる程度だけど」
「あの魔法か?」
どうにか自身を落ち着かせ、また座りながらクロードは尋ねた。昨夜オーガの鉄槌を弾いた技は実際目にしたことのないものだったので、興味も惹かれたのだ。
「じゃなくて、科学だって」少女は訂正する。「とにかくあのときはびっくりしちゃっただけで、助けてもらっておいてなんだけど実はほっといてもらってもよかったんだよね」
「……かもしれんが」
目撃したものの想起から、クロードはなんとか納得しつつも意見する。
「油断はあったろう。故に、おれへと同行を頼んでいるのではないか」
「それもあるけど。あとはホントに道を知らないわけ」
「ふむ、いいだろう。おまえが男との二人旅で平気なら構わない、案内しよう」
どうせ暇だったので、彼は応じた。正直一人旅にも心細さを覚えだしていたし、性格はともかく美少女との道中は悪い気分でもない。
「マジで?」スミエは両腕を広げて喜ぶ。「やったー、さっすがいい人ね!」
「で、目的地はどこだ?」
「ハーメルンよ」
「ハーメルンとは、間がいいな」
クロードは、やはり少女が手近に運んでくれていたらしき己の鞄から、欧州一帯の地図を出す。
「この街だろう?」そこを指差した。「神聖ローマ帝国の一端、ブラウンシュヴァイク公領の領封都市だ。おれも寄ってみようと近くまで来ていた。馬を急がせれば明日には着くくらいだ」
「そっか、座標はほとんど合ってたのね」
嬉々としてスミエは地図を覗いてくる。密着する形になった騎士も気にせず、彼女は安堵したようだった。
「あんな巨人みたいなのがいるとこ、〝ゼノンドライブ〟で安全でも怖いし。やっぱり案内しなさいよ」
「そ、そうか」
謎のワードと上から目線は不満だが、クロードは少女と共に行けそうなことが改めてちょっと嬉しかった。やはり寂しさもあったのだろう。
「おれも魔術師の水晶玉で見学したことくらいしかないし、ハーメルン自体には初めて寄るが、欧州の街並みにはおまえより詳しそうだ。案内程度は任せておけ」
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