第31話 その三十一

 江戸時代の医師、華岡青洲(1760~1835)は、1804年(文化元年)に世界で初めて全身麻酔手術に成功しました。

 華岡青洲は、漢方医学の古医方を学び、続いてオランダの外科技術を学びました。動物実験を重ねた後、実母と妻が実験台となり数回にわたる人体実験の末、母の死、妻の失明という大きな犠牲の上に、全身麻酔薬「通仙散」別名「麻沸散」を完成させました。通仙散は、曼(まん)荼(だ)羅(ら)華(げ)(チョウセンアサガオ)、烏頭(うず)(トリカブト)を主成分とし、その他に川芎(せんきゆう)、当帰、芍(しやく)薬(やく)など10種類に余る生薬を含みますが、その全容は残念ながら伝わっておりません。

 チョウセンアサガオにはアトロピンやスコポラミンなどのトロパンアルカロイドが含まれ、副交感神経抑制作用、中枢神経興奮作用を示します。アトロピンは副交感神経を遮断し、中枢神経を初めは亢進、次いで麻痺させ、また血圧の上昇、脈拍の亢進、分泌機能の抑制、瞳孔の散大を起こします。スコポラミンはアトロピンに類似の作用を示しますが、アトロピンよりも散瞳作用が強く、分泌抑制作用が弱いようです。

 近年でのチョウセンアサガオの中毒事件は2006年、沖縄県南城市において起きています。自宅菜園でチョウセンアサガオを台木としてナスを接木し、収穫したナスを使ってミートソースを作りスパゲティにかけて食べたところ家族2名が発症しました。

 この他に、チョウセンアサガオの根とゴボウを間違えた、チョウセンアサガオの開花前のつぼみとオクラを間違えた、チョウセンアサガオの葉をモロヘイヤ、アシタバなどと間違えた。チョウセンアサガオの種子とごまを間違えた、といった中毒事件が起きています。

 チョウセンアサガオの仲間で、庭先に見かけるエンゼルストランペットと呼ばれる大型のキダチョウセンアサガオにもトロパンアルカロイドが含まれています。

      毒と薬の科学 佐竹元吉 編著

日刊工業新聞社




 チョウセンアサガオ、ダツラ、キチガイナスビ

 ナス科に属する1年草。いろんな品種があるが、いずれもラッパ上の花を開き、トゲのある果実をつける。熟すと果皮が割れて、中から黒くて平たい種子が出る。れっきとした薬用植物で、以前はアトロピン、スコポラミンの原料として栽培されていた。最近はそれらが野生化しているのが各地でみられる。

 アトロピン、スコポラミンなどのアルカロイドを含み、内服によって口の渇き、散瞳、幻覚症状、視力障害、呼吸麻痺をおこす。

薬草の散歩道 正山征洋 編著

九州大学出版会


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