第29話 その二十九

 宿屋の一室で従者の体を拭いてあげていると、

「ひめさま、……あり、が、と……う、もうい、い、です。ほう……ておいて、やくにたちそうに、……あり……ませ、ん」

従者は繰り返し、繰り返し同じ言葉をはっしていた。

 姫は愛しさと悲しさで瞳を濡らしていた。

 足指の間や、陰嚢と陰茎のあいだまで、ていねいに汗を拭ってあげていた。

「黙りなさい」

 従者は黙らない。

「だまりなさいよ!ばか!」










 


 ニコラスは一匹、狩りに出かける。ライオンは夜行性である。




 ケーブルズが食事を運んできた。

湯氣が立っている。出来立てのようだ。

「お待たせいたしやした」

「ありがとう」

「いただきまーす」

 レンがもりもりと食べ始める。

両方の頬を大きく膨らませている。

 リスのようだ。

カボチャのスープ。鶏の唐揚げ。サラダ。パン。

 うん、美味しそう。

 姫も食事をしながら、従者に食べさせようとする。

 口に入れられた食べ物を従者はこぼし咀嚼しようとしない。

 おかしいな、いつもなら食べるはずなのに。

「た……た……たべたく……あり……ま……」

 口からこぼれ落ちる。

「そう、仕方ないわね、私たちだけで食べるわね」

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