第24話 敵の思惑

 目的地である宿までの道は、細く一本に伸びる薄暗い道で、宿泊客と道案内人しか通ることはない。そもそも登山口も普通の人には分かりづらいように隠されており、登山口から宿までは良からぬ無頼漢に道を荒らされる心配はないはずだった。


 レオやマリアも、登山口をくぐれば安心、と考えていたのだろう。レオは登山口で別れた御者に剣を預けてきていた。


 戦うための得物も、仲間もいない。背後には年端もいかぬ子供と、登山用とはいえ大きく動くには向かない簡易ドレスを纏った妻。レオは文字通り、絶体絶命だった。


 いつどのようにして宿が乗っ取られ、工作員が道案内人に化けたのかなんて考えても仕方なかった。もしかしたら信頼していた御者も……とも思考は巡るが、不確かな予測に心を乱されてはいけないとレオは息を吐く。


「何が目的だ」


「目的ですか? そんなの決まってるじゃないですか。邪魔者の排除ですよ」


「お前の話し方が気にかかる。一応は貴人に対する振る舞いも板についているとなれば、ただのギャングではなさそうだな」


 宿のスタッフの制服を着た男は、不敵に笑い紺色の上着を脱ぎ肩にかけた。その過程に隙はありすぎたが、レオは動けない。三人はいつのまにか、荒々しい息遣いに包囲されていた。


「我々が邪魔者というのか」


 下手に動けばマリアとロンが仕留められる。せめて、妻とロンだけでも逃したいとレオは必死に時間稼ぎをする。


「ああ……我々・・にとって貴様らは邪魔者だ」


「我々、か」


 レオは冷や汗を額に這わせる。悪い予感が脳内をぐるぐると周り、安い酒を飲まされたときのような気持ち悪さに胸が焼けた。


「まさかとは思うが、これは兄上の差し金か」


「教えてやる義理はねーだろ、早くヤらせろよ」


 言葉は目の前の男ではない人間が発した。三人を取り巻いているギャングの男だった。レオはここに活路を見出そうとする。


「——仲間の失態だな」


「チッ」


 余裕綽々、といった態度の男が、初めて苛立ちをあらわにする。


 所作のしっかりした人間が案内役として人里離れた宿まで導き、助けを求められない距離まで来たところで手練れの荒くれ者にトドメを刺させる。誰が黒幕かはもちろん、事件自体も揉み消せる、用意周到で完璧な作戦だ。しかし、何らかの理由で手を組んだ二つの組織が仲良くし続けられる保証はない。


「教えてやる義理はない、か。つまり私の推測も当たらずとも遠からず、かね?」


「バレちまったじゃねーかニイちゃん、だから早くヤッチマエって言ったんだろう?」


 野次のような汚い声を、青筋立てた男のよく通る野太い声が制す。


「お前とは話をしておらん、黙っておれ」


「なん……だと? やんのかニイちゃん」


「身の程をしれ、下賤の者が!」


 レオの思惑通り、仲間割れが完成した。

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もう一つの空 春瀬由衣 @haruse_tanuki

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