第19話 糊のついた服

「機械いじり、だっけ? 君の趣味ができないのはさぞかし暇だろうと思って、ロンにいい話をもってきたよ」


 一週間お世話になって、段々わかってきた。レオさんがこういう口調になるときは、大抵悪巧みをしているときだ。


「なんですか? どうせ気晴らしにもならないことでしょう」


 変に距離感をとると悲しそうな眼をされるので軽口も叩いてみる。そうすると、軽口叩けるほどには親密になれたと喜ぶのだからこの家族は不思議だ。


「さあ、それはやってみなければわからないだろうね」


 もったいぶっているが、僕にはあらかたわかっている。きっと、『学校』というところへ行けというのだろう。ここでは子供が働くことは『虐待』という倫理にもとる行為と見なされているらしく、労働から解放される替わりに子供が行かされるのが学校らしい。


 なんでも色々なことを教わって将来の選択肢とやらが増えるらしいが、僕は修理士や機械工以外の将来なんて思い浮かばないし、行く必要性を感じられない。でもそれを言うと、そう思ってしまう時点で虐待の被害者なのだと言われそうで億劫おっくうだ。僕は口を閉ざす。


「実は、ロンに新しい服をあげようと思ってね」


「服——ですか」


「やっぱり、嬉しくなさそうだね」


 餌を貰いそびれた犬のような顔をする。マリアさん曰く、レオさんは家ではとてもお茶目な男性らしい。


 というか、僕が喜ばないってわかっているならもったいつける意味もないのでは……?


 ——という疑問は置いておいて。


 破れて使い物にならなくなるまで同じ服を着続ける僕たちからは想像もできないことに、ここの人たちは何着も服を常備しているみたいだ。僕は正直、ここに来た日から着ているボロ服が肌に馴染んで好きなのだが、ここで生きていく以上この服のままで出歩くわけにもいかないのだろう。


 確かに、一着くらい綺麗な服が合ってもいい。


「え」


 レオさんが持ってきたのは、十着もの服だった。


「これぜ、全部ですか」


「いや、この中から三着選んでもらおうかと思っていたのだけれど。もしかして、全部気に入ってくれたのかしら」


 レオさんの後ろからマリアさんがひょっこり顔を出した。僕は頭がくらくらするのを感じた。


「さあ、どれがいい」


「さあ、どれにする?」


 異口同音に、二人して僕に迫り服を押し付けてくる。僕はとうとう困り果てて悲鳴をあげた。


「何でもいいです、何でもいいですからぁ」


「……そう。じゃあ全部買おうかしらね」


 何事もなさげに言ってのけるマリアさんが、今日はちょっぴり怖かった。


 ちなみに、服は無難そうなものを三着選んでおいた。

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