第18話 未練
「しばらくは左腕は使えないって、そんなぁぁぁぁあ」
レオさんが手配してくれたお医者様いわく、しばらくは腕は使わず固定しておかなければいけないらしい。それでは機械いじりも修理もできないじゃないか、あんまりだ! と嘆いたところで現実は変わらない。自分で刺した腕がこわばって思うように動かないのは他ならぬ自分がよく分かっているのである。
わかってはいるが、どうも体がウズウズする。機械いじりは僕にとっては呼吸にも等しくそれを禁じられては空気を欲した魚が口をパクパクさせるようにジタバタせざるをえないのである。
「ということだから、ロンには礼儀作法をしっかり教えてあげるね」
「ひ、ひぇえ」
礼儀作法とはいわゆる、間違えたら後世まで汚点として残るという不文律だろうか……僕は恐怖に打ち震えた。
「ハハハ……」
そんな僕をみてレオさんが豪快に笑う。なにがそんなにおかしいのかと僕はレオさんを
「まさかとは思うけど、これから教える作法で『起きてまず踏み出す足が右か左か』まで口うるさく言われると思ってるかい?」
僕はコクリと頷いた。
「まさか、そんなことまでは口に出さないよ。最低限知っておくべきことは食事のマナーとレディファーストだろうか。どちらも知っておくに越したことはないし、知っておくことで互いの主権を尊重できる」
「互いを、尊重……ですか」
「そうだ。汚い食べ方をすれば他の人の食欲を削いでしまう。力の弱い女性を大事にすることで私たちは互いを尊重できるんだよ」
わかったようなわからないような奇妙な気分だった。今までは食べ方が汚かろうが食い物にありつくことが第一だったし、弱い者は強盗にやられるだけのことで誰も気にもしない。
そうか、と僕は得心した。これは、治安がよく民度のいいこの地区だからこそできることだ。誰もがその日暮らしで他人から自分がどう見えているかも弱者に構う余裕もなくしたら、そこは不毛な地区になる。そして、ここの人たちが余裕を持っていられるのは、お金を持っているからだ。
ちょっとだけ、複雑な気持ちになった。この人たちが金持ちでいられるのは、きっと自分や身内に大規模な工場や農園を仕切り、貧しい者を働かせているからじゃないのだろうか? もちろんそんな人ばかりじゃないだろうけど、それでも多いはずだ。
多くの人間を集めて同じ作業をさせる。広い土地をそのビジネス専用の土地にして一律に管理する。その方が効率がいいのだろうと想像する。メリットがある以上、ブルジョワたちが貧しい者からの搾取をやめるはずがない。
大規模化一元化がブルジョワたちにもデメリットをもたらすと説得できれば、貧民の困窮は防げるかもしれない。そんな思いつきは、レオさんから話しかけられたことで一旦は消えてしまった。
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