第13話 私刑
翌日、硬い床じゃなきゃ寝られない僕は重い身体を引きずりながらベッドを出る。朝日はまだ出ていないが、習慣で起きてしまった。
そういえば、僕はなにを習慣にしていたんだっけ。朝ごはんを作っていた? そんな風景が脳裏に浮かぶ。所々痛みを覚えてうまく思い出せないが……。そもそも自分のためだけならばわざわざ他人がまだ寝静まっているこんな早朝に起きる必要はない。誰に、僕は朝ごはんを作ってあげていたんだろう。
やることもないのに目が冴えてしまい、仕方なく部屋のなかをぼんやりと眺めていると、妙な音が外から聞こえてくるのを感じた。くぐもっていてよくわからないが、大勢の人間がなにやら騒いでいるということだけはわかった。
興味に負けて窓を開ける。手の届かないところに鍵がついていたけど、この窓枠ならば力の入れ方でこの位置からでも外せる。案の定、ガチャリと金属音をたてて窓は開いた。
『労働者の敵を殺せ!』
ーーズキン
『ブルジョワ(中産階級)の手先を始末しろ!』
「うっ……あ」
額が射抜かれるような衝撃で、思わず頭に手を当てて崩れ落ちた。でも、なぜか窓を閉める気が起こらない。
聞かなければ。#守れなかった__・__#僕が見届けなくては。意味は理解できないのに、頭のなかで響く声は確かに自分のもので。
『機械なんぞ売りつけて我々の職を奪う工場長の手先めが!』
僕のなかで、何かが弾けた。そして、身体中が内から燃えるような悔恨とともに思い出した。糾弾されているのは僕の師匠、なぜ忘れていたんだろう。
師匠は機械を動かす動力源として、爆薬の知識も授けてくれた。師匠が僕を庇って仁王立ちしたあのとき、師匠の背後に迫っていたもの、それは対象物に付着すると一瞬にして広がり、炎をあげる危険物そのもの。
師匠は、炎に焼かれても死にきれなかったんだーーそう考えるといてもたってもいられなかった。しかし、僕には理解できない。こき使われる労働者の助けになればと開発した労働補助器が、よりにもよって師匠の救いたかった労働者に#顰蹙__ひんしゅく__#を買ったなんて。
なんという、なんという皮肉。でも、僕はあまりに非力。貧民街に居たからこそわかるのだ。暴徒化した貧民は権力者でも手がつけられない。そんなところに僕一人で行くわけには……ッ
「坊や、もう起きていたの? あら、外が騒がしいものね」
「……ッ」
あれは自分の師匠であると、言うべきなのだろうか。逡巡などしなかった。
「マリアさん! あの人を助けて!」
マリアさんは面食らったような顔をした。貧民たちの諍いになんて関与したくないのだろうと思った。僕は歯がみした。
「ーーわかったわ」
意外な返答に、僕は噛んだ唇から血が出ていることにも気づかずに、部屋から出ていくマリアさんを見送った。
ポツ、ポツと血の滴が床の布に染みを作っていった。
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