第14話 無力
そそくさと出ていったマリアさんは、寝巻きのままのレオさんを連れて戻ってきた。震える僕の肩を支え、何が望みかと問うてくる。
「あの……あの人を助けて」
「あの人というのは、騒ぎの渦中にいる人物か? なぜ助けてほしいんだね?」
「あの人は……あの人は僕の師匠で」
「知り合いなのかい? それは早急に手を打たないと」
そういってレオさんは窓の外を見て少しだけ耳をすませた。そしてすぐに状況を理解したようだった。
「労働者たちの暴動が起きているようだ。君の師匠というのは工場経営をしていたりするのかい?」
「いいえ。師匠は貧しくて、修理屋をすることで日銭を稼いでいました」
「ならば労働者とは近い立ち位置じゃないか。恨まれる心当たりはあるかね?」
「わかりません……たださっき、機械が労働者の職を奪うって聞こえて」
レオは黙り込んだ。そして、マリアさんに僕のことを頼んだあと部屋を出ていった。マリアさんは慰めてくれた。レオさんなら、なんとかしてくれると。
……でも、レオさんはなかなか部屋に帰ってこなかった。騒ぎの声はどんどん大きくなり、そして、萎んでいく。その意味を考えると恐ろしくて、僕はマリアさんの胸にしがみつく。
「早く! 早く助けて! 師匠が、師匠が死んじゃう!」
もうマリアさんも大丈夫なんていう無責任な言葉を吐きはしない。ただ黙って僕の背中をさするだけだった。
なにもかも終わって、夜が完全に明けた。時間にすれば数時間だったのだろう。しかし僕にとっては数週間苦しみ、泣き続けた気分だった。立ち上がり、窓の外を見れば……オレンジ色の服を着た人の群れが遠くに見える。
僕は知ってる。乱闘や暴動が起きたあとに現れて、#死体を処理する役所勤めの人たち__・__#。人死にが確かに出て、それは僕の師匠なのだ。
そんなときにレオさんが帰ってきた。僕よりも、マリアさんが怒っていた。脱力する僕に背を向けて、夫であるレオさんに詰め寄る。
「どうしてなにも出来なかったんです? 貴方それでもタエ・モンブランの子孫ですの?」
「すまん……兄上に、市長に暴動の鎮圧を要請した。だが、市長はそれを拒否された」
「どうして!」
レオさんが、キリキリと歯を食い縛った。僕を見て、僕のために言いにくそうな顔をした。しかし、僕に対する贖罪のつもりだろうか、レオさんははっきり言い切った。
「兄は、汚れた貧民どもの諍いごとに巻き込まれるのは御免被る、と言った! 坊やすまない。あんな兄に対して、私はあまりに無力だった」
レオさんは膝を折っておいおいと泣いた。僕に自分を恨めと言った。僕にはどう考えても、僕が恨むべきはレオさんの兄であると思えた。
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