スノーフレークのせい


 ~ 十二月十九日(木) 一万五千キロ ~


 スノーフレークの花言葉 

         皆をひきつける魅力



 自分の進路は宙ぶらりん。

 だというのに。

 昨日は一日、朝から晩まで遊び惚け。


 そんな自由人の名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪は……、はて。

 今日はどんなでしたっけ?


「秋山。こんな時期だから連絡なく休むことに目くじらを立てる気はないが。お前の保護観察対象はどうした」

「知りませんと言っておかないと、俺はこの学校の入試がある日に駅前で立っていなければならなくなります」

「それは心配せずとも、もともと貴様の仕事だ」

「聞いてねえ!」


 今日は通常授業ということで。

 クラスにいる生徒も半分以下。


 大学受験組が図書館やら家やら。

 思い思いの場所で勉強しているのは分かりますが。


 単に、どこかでサボっている連中も。

 かなりいるようなのです。


 そんな様子を寂しがっていた。

 学校大好きな穂咲さん。


 君に一言。

 言ってもいいでしょうか。



 ……お前もサボっているではありませんか。



「さあ白状しろ。藍川はどうした」

「白状の必要なく、すぐに居場所は分かるはずです」


 俺の返事に眉根を寄せる先生ですが。

 こっちこそ、そんな顔をしたいのです。


 入試の日に、案内係とか。

 ほんと初耳なのですが。


「……すぐに分かる、か。なるほど」

「おや? さすが先生なのです。あいつがどこに行ったか、もうお分かりとは」

「去年もやったではないか。だが、それを止めるのは保護者の責任だろう?」

「無理ですって。諦めてください」


 そして再びにらみ合い。

 なんで俺が叱られねばならんのです。


 でも、一触即発な俺たちもしばし休憩。

 教室のスピーカーから。

 放送室をジャックした。

 穂咲の声が聞こえてきましたので。


 クラスの全員が心配顔で見つめるスピーカー。

 別に、彼を見つめる必要など無いのですが。


 あーとか、ぼえーとか。

 そして、ぽんぽんと叩く音が奏でられると。


 不安でいっぱいな俺たちは。

 どうしてもそこから目が離せなくて。


 そんな俺たちの表情は。

 チェックを終えた穂咲の咳払いの直後。



 ……まずは、笑顔になったのでした。 



『一年生、二年生の卒業生の皆さん』

「冒頭からそれかい!」


 どかんと笑った学校中。

 掴みはある意味バッチリなのです。


『ちがったの。一年生、二年生の在校生の皆さん。あのね? あたしみんなに、プレゼントを残しときたいなーって思ってね? だから、お話をしようと思ったの』

「……なんとかしろ、秋山」

「何とかするのはあなたの仕事ですよ、先生」


 人気者のこいつがやることです。

 おそらく他の先生方は。


 またあいつかと言いながらも。

 にやにやと楽しんでいるに違いない。


 穂咲の暴走を止めることが出来るのは。

 この世に先生ただ一人。


 ……え?

 俺は嫌ですって。


 暴走を止めるどころか。

 ひき逃げされることしばしばですので。


『でね? なんか最初っから堅苦しいお話になりそうなんだけど、一生懸命聞いてもらいたいの』


 ……以前は、卒業される三年生に送ったメッセージ。

 今度はその逆という訳ですか。


 こいつがやることに。

 今更驚かない俺ではありますが。


 校内放送を私用で使いなさんな。


「……願わくは、前のようにいい話をして欲しいのです」

「うむ」


 先生も、以前の放送については穂咲をとがめませんでしたし。

 できることなら。

 同じような内容だと良いのですけど。


「もしも、ためになるような話だったら入試の案内係は勘弁してやる」

「よし。頑張れ穂咲!」


 これはいい掛け金を提示されました。

 頑張って、堅っ苦しい話とやらをするのです!


『……あたし、購買の焼きそばパンって食べたことなくてね?』

「ソフト! ペットボトルで潰れるほどソフトなやつ出て来た!」

「いきなり脱線したぞ、秋山」


 むすっとされていますけど。

 内心、喜んでいるのでしょうね?


 でも、これからこれから。

 巻き返してくださいな。


『今どき五十円なんて夢のような金額設定にすっから、あたしみたいなのんびりさんの手には届かないの。だからね? あれは抽選制にすべきだなーっていっつも思ってたんだけど、あのね? 一つ気が付いたの。駅前の信号をふたっつ渡ったとこにみきちゃん家があるでしょ?』

「終始柔らかいのに、言いたい事がまるで分からないのです」

「よし、いい感じだな。後で集合時刻と場所を教えてやろう」


 くっ……!

 このままでは、プラカードが俺の手のサイズにカスタマイズされそうなのです。


『……あ、みきちゃんじゃ分かんないか。あのね? おっきなイチョウの幹がうわってる家、あるでしょ?』

「あったか?」

「あるのです」

『あのイチョウが、みきちゃん』

「…………幹だから?」

「幹だから」


 いいでしょうに、愛称くらい。

 そんな怖い顔しなさんな。


「あまり聞きたくないのだが、それでは全ての木が幹ちゃんになってしまうのではないか?」

「あいつ曰く、いい幹ちゃんといまいちな幹ちゃんがいるそうです」

「……さっぱり分からん」

「おや、奇遇ですね」


 いいでしょうに、相槌くらい。

 そんな怖い顔しなさんな。


『その角んとこ奥に行くと、焼きそば屋さんあるでしょ?』

「うむ、あるな」

『青海苔かけすぎると、すっごい怒る焼きそば屋さん』

「……あるな」


 怖い顔をしていた先生が。

 スピーカーと会話を始めたのですが。


 先生、ひょっとして。

 テレビに話しかけるタイプですか?


『あそこから、お皿ごと焼きそばを持ってきて、購買に行って、いっつもあまってるコッペパン買って、挟んでみたの。そしたらね、大発見したから、教えといたげるの』

「下らんことだったら、分かっとるだろうな」

「話しかけても聞こえませんて」

「……分かっとるだろうな」

「だからって、こっちを向かないで! 頑張れ穂咲! いい話にするのです!」

『お皿かえしに行くのが面倒だったの』

「……いい話か?」

「こ、ここからここから……」

『あ。あん時、お代払ってない気がする』

「……ほらね?」

「いい話か?」


 くっ。

 劣勢なのです。


『だからあたしが言いたいのは、焼きそばパンにするなら、紅ショウガ持って来ればよかったの。アクセントが無いからいまいちになったの』

「やはりくだらん話ではないか!」


 ちきしょう!

 もう、こうなりゃやけです!


「いいえ! この話の奥深さ、分かりませんか!? こんないい話を……」

『でね? なんでこんなくだらない話をしたかって言うと』

「おおい!」


 君を援護しようと塹壕から飛び出したのです!

 後ろから撃たないで!


 しかたない。

 まずは席を立ちましょう。


『みんなは、先輩とたくさんの思い出を作ったと思うの。ずっこけ爆笑エピソードとか、力を合わせて何かを成し遂げたこととか』

「……ほう。意外にも、綺麗に結べそうだな」

「でしょ!」

『でね? ずっこけ爆笑エピソードは、他の人に話してるうちに「盛り」どころってやつが分かって来るの。そこを掴んで、尾びれ背びれをつけて、自分の鉄板ギャグにするといいの。これ、覚えとくの』


 ……こいつ。


 俺は、してやったりといったイヤミ顔の前を通過して。

 扉へ手をかけます。


『でも、いいお話の方はあんまり覚えてないでしょ? それは、恥ずかしくて言わないからなの。おんなじ風に、いい話も誰かに話すと良いの』


 おや?

 

『そういう話は、同級生には恥ずかしいじゃない? だから、後輩にすると良いの。先輩と、こんな素敵なことをしたんだよって。今の一年生も、四月には後輩が入って来るから。それまであっためとくの』


 おお!


「先生! これは、ギリでいい話になったのでは?」

「うむ。まあ、及第点か」

「よっしゃ! よくやったのです、穂咲!」

『でも、ほんとはそんなことして欲しく無いの』

「おかしいだろお前!」


 なんですぐに否定しました!?

 文脈、滅茶苦茶ですよ!


 でも、あまりの展開に膝を屈した俺の耳に。

 穂咲の締めの言葉が届くと。


 期せずして。

 少し、目頭が熱くなったのでした。


『先輩との体験は、忘れちまっていいものなの。そんかわり、後輩と素敵な思い出を作るの。……その後輩が、あなたの事を忘れるための、素敵な思い出を』


 言いたい事は分かります。


 先輩との楽しかった思い出。

 それにしがみついていたら。


 後輩との、素敵な思い出を。

 作ろうと努力することはない。


 素敵な思い出を作ってもらうために。

 素敵な思い出は忘れて欲しい。


 いつも、ページを真っ白に。


 でもそれは。

 なんだか切なくて。

 寂しくて。


 いつまでも自分の事は忘れないで欲しいと思ってしまう俺は。

 まだ、卒業していいほど大人になっていないという事なのでしょうか。


『って話をしてくれた先輩がいたなあって、ずっと覚えていて欲しいの。以上』

「こらーっ!!! 全部台無しなのです!」


 とんでもないオチに。

 再び、学校中が笑いに包まれたのですが。


 さっきとは違って。

 寂しい余韻が。

 至る所から伝わって来るのです。


 忘れて欲しい。

 忘れて欲しくない。


 そんな卒業生たちの気持ちの代弁。


 君の言葉と共に。

 後輩たちは。


 俺たちの事を。

 ずっと覚えていてくれることでしょう。



 まあ、結果。

 良い感じに締めくくられました。


 俺は、鼻から息をついて頷く先生の前を通って。

 自分の席へと戻ろうとしたのですが。


『ふう。……じゃあ、みんなに質問なんだけど』


 おや?

 まだ続きがあるのですか?


『卒業式んときの答辞、こんなでいい?』

「当日泣けねえ!!!」


 なんというフライング!

 というか、君は答辞なんて読まないじゃありませんか!

 卒業生代表は渡さん!


 頭を抱えてよろめく俺。

 そんな俺の肩を。

 先生が、ぽんと叩きながら言いました。


「練習しとくか?」

「……場所は?」

「ちょうど、幹ちゃんの角だ」

「では、あいつが踏み倒した焼きそば代を払ってから立ってます」


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