リカステのせい
~ 十二月十八日(水) 二万キロ ~
リカステの花言葉 清らかな心
白い村に舞い降りた。
森の妖精が。
幸せそうに。
楽しそうに。
……ゴルフクラブで地面をガツガツ叩きつけ。
そして十数回。
それを繰り返した後。
ようやく少しだけ縁を叩かれた白球が。
芝生の丘をころころ転がっていくのです。
「ファー、なの」
「おこがましいのです」
気を付ける必要など何もない。
打ち下ろしのティーショット。
ぼてぼての当たりを連発するこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をティアラ風に編み込んで。
そこにリカステを一輪活けています。
リカステの別名は『森の妖精』。
緑のジャケットとスカートも相まって。
まさに『森の妖精』そのもの。
ニンフか、フェアリーか。
はたまた、エルフ?
……いや。
「さっきから、ハンマーで地面を固めているようにしか見えませんので。今日の君をドワーフちゃんと呼びましょう」
「だって、こんなちっこい的に当てるの難しいの。クラブも重たいし」
肩によっこいしょと担いだクラブ。
ダリアさんの車に積んであったのを。
楽しそうだからと勝手に持ってきて。
「でも面白いの!」
「はあ。何がです?」
「ゴルフ!」
「そうか。君のやっている競技の事をゴルフと呼ぶのですね。初めて知りました」
「こんどはひかりが先に見つけるの! ごるふ、たのしい!」
「ふっふっふ。またお姉ちゃんが先に見つけちゃうの。負けないの」
足首丈の緑の芝生。
そこに転がり落ちた、ゴルフボールを探すのが楽しいらしく。
二人は、この宝探しをゴルフと呼んで。
ずーっと遊んでいるのです。
「どこへ打ってもグリーンなの!」
「全部ラフです。それにしても、勝手にクラブ持ち出して。まーくんに叱られても知りませんよ?」
「バレなきゃ平気だって。ダリアさんが言ってたの」
「そんなダリアさんの得意技は、言っちゃだめな順から嬉々として話すことです」
屋外のテーブルで。
紅茶をすするこの人。
先日も、ひかりちゃんから。
おねしょしたことを絶対に言わないでと懇願されたと。
俺にしゃべってきましたが。
そんな重たい情報。
シェアしないで下さい。
――ここは、丘の上の白い村。
お休みを取ってくれたダリアさんの運転で。
教会の改装についてお話するため。
今日は足を運んだのですが。
大きなワゴン車をレンタルしなければならないほど。
随分沢山の人が付いてきたのです。
「やばい! ひかりちゃんが可愛すぎるんですけど!」
「ほんと……。うちの妹も、ひかりちゃんくらい元気だったらお姉ちゃん甲斐があるんだけどな」
泥だらけになって、楽しそうにゴルフボールを探すひかりちゃんを眺めながら。
鼻の下を伸ばしているのは瑞希ちゃん。
そして紅茶を淹れて歩くのは。
お料理修行中の葉月ちゃん。
優しい笑顔を浮かべる君たちに。
俺からも、優しい言葉をかけてあげましょう。
「……授業サボり過ぎ」
「ギクッ!? ……しょ、しょうがないじゃないですか!」
「あはは……。瑞希を誘ってくださったの、秋山先輩ではありませんか」
ねー、と。
顔を見合わせて誤魔化す不良な二人。
でも、確かに誘ったのは俺ですし。
これ以上のイジワルはやめておきましょう。
「あらあら。随分と賑やかですね」
そんな俺たちの前に姿を現した千草さん。
今日もおしゃれなお召し物に身を包んで。
椅子にゆったりと腰かけると。
テーブルの上に、オルゴールを置いて。
その蓋を開いて下さいました。
自然が作る音しか存在しないこの地に。
軽やかな音符が羽を広げて舞い踊ると。
みんなの顔に。
思わず笑みが浮かびます。
中でも、瑞希ちゃんの嬉しそうな顔と言ったら。
この笑顔を見ることができただけでも。
連れて来た甲斐があったというものです。
「わあ……。素敵なメロディーですね! なんか、幸せになる! 歌詞はあるんですか?」
「褒めてくれてありがとう。歌詞を作った方はいるのだけど、生憎、教えていただいてないのよ」
「え? 歌詞、有るのですか?」
散々、穂咲に歌詞を作れと言われ続けてきた俺は。
素っ頓狂な声を上げてしまったのですが。
「このオルゴールを最初に差し上げた方がね? 歌詞を作ったと手紙に書いて下さったのよ」
「へえ……。ラブソングなのでしょうか?」
「え? どうしてそう思うの?」
「…………洗脳?」
せっかく笑顔でいらした千草さん。
眉根を寄せてしまいましたが。
でも、オルゴールにこれでもかと顔を寄せて。
うっとりとする瑞希ちゃんの姿に視線を移すと。
再び目尻に皺を作りながら。
オルゴールにまつわるお話をしてくださったのです。
「……あの方も、そのような笑顔で私の曲を聞いて下さいました」
「あの方?」
「ええ。清らかな心を持った、素敵な方です。ドライブをされていたところ、お隣に乗せていた恋人の思い付きでハンドルを切っているうちに、ここへたどり着いたとのことでした」
千草さんは、上品な仕草で紅茶へ口をつけて。
芝生にしゃがみ込んでボールを探す穂咲とひかりちゃんを見つめながら。
お話を続けます。
「その頃は、私の家と工房しか建っていなかったのですが。それでは寂しかろうと花畑を作って下さったの」
そして千草さんが振り返るその先。
たしかに、工房から教会までの道の両側。
全部がお花畑になっていましたよね。
「そのお二人と、お二人のお友達と。何度か足を運んで下さって花畑が出来ると、不思議なことに花畑を囲むように次々と家が建ってね? 今ではこんなに沢山」
「なんだか童話のようなお話なのです」
「そして教会が出来た時にね、私、二人にここで結婚式を挙げたらどうかしらとおすすめしたのよ?」
「ああ! 二十年前に結婚式を挙げたというのがそのお二人だったのですね?」
「そう」
なるほど。
そんな縁があって結婚式が行われたのですね。
そして二十年もの時間が過ぎて。
再びここで結婚式が行われるわけで。
まさか、そのお二人って。
美穂さんかおにいさんの。
ご両親ではないでしょうね?
……俺が、想像の翼を広げている間に。
気づけば千草さんが。
少し肩を落としていらっしゃるご様子。
どうしたのかしらと心配する気持ちが。
視線に現れてしまったのでしょうか。
千草さんは、俺の目を見ると。
寂しそうに微笑んだのでした。
「……縁は異なものね。あなた方がここを式場に変えようという新しい風を連れて来てくれたことがきっかけになったのかしら。その結婚式で差し上げたオルゴールを、昨日偶然見つけたの」
「見つけた?」
「見紛うはずはありませんからね。いつもお洋服を買っている通販サイトで偶然背景に使われているのを見つけて、慌てて問い合わせてみたら、捨ててしまうところだったらしいのよ」
え?
そんな偶然ある?
「だから、そちらを買い取って、持ち主の元へ送っていただくようにしておいたわ。……あの方が、どういった経緯で手放したのか知らないから、ご迷惑になるかもしれないけど」
なるほど。
それで寂しそうな顔をなさっていたのですね。
合点が言った俺は。
未だに肩を落とす千草さんを。
慰めてみることにしました。
「……きっと、ご迷惑などとは思わないでしょう」
「あら。どうして?」
「だって、お花が好きな方は、みんな優しいですから」
そう言いながら、穂咲を見つめると。
千草さんはようやく心からの笑顔を取り戻して。
……そして。
いらんことを言い出したのです。
「ふふっ。……あなた方も。ここで式を挙げたら?」
「はあっ!?」
思わず大声を出してしまいましたが。
瑞希ちゃんと葉月ちゃんも。
キャーキャーと色めきだって声を上げ。
静かな村に。
迷惑千万な大騒ぎ。
「勘弁してください!」
面倒で複雑な俺の気持ち。
しかも、後輩コンビもいる前ですし。
どう説明したのもかと悩んでいたら。
さすが年の功。
俺の心を一瞬で見透かしてしまったようで。
細めた目をこちらへ向けてきたのですが。
……そんな瞳が、急に。
大きく見開かれたのでした。
「藍川穂咲! ひかりさんが泥だらけになっているではありませんか!」
「あたしの方が負けてないの」
「そういうことではありません!」
会長が、晴花さんと共に教会から出てくるなり。
いつもの剣幕で穂咲へ歩み寄っていくのを。
みんなで懸命に引っ張って止めようとしているのですが。
この人のパワーに敵うはずもなく。
ずるずると丘を引きずられていくのです。
やれやれ、とんだ大騒ぎ。
在学中は、穂咲に一目置いていた会長も。
最近ようやく。
こいつの本性に気付いたようで。
……でも、今はそれよりも。
まるで彫刻のように固まってしまった。
千草さんが心配です。
ダリアさんも心配そうに見つめる中。
俺は話しかけてみたのですが。
「どうしました?」
「…………あいかわ?」
「はあ」
「まあ……、そう。いえ、きっとそうなのね」
どうされたのでしょう。
そんなに気になる苗字なのでしょうか。
「穂咲さんというのね」
「はい」
「ご両親と、幸せに暮らしていらっしゃるのかしら」
「ええ、それはもう。……ただ、おじさんは十年ちょっと前に亡くなってしまいましたけど」
そんな俺の言葉を消してしまおうとしたのか。
丘を渡る風が、音を立てて千草さんの頬を撫でていきます。
冬の冷たい風は。
時間をも冷やしてしまうのでしょうか。
凍り付いた千草さんの時が。
再び動き始めるまで。
俺の秒針だけが。
随分と進んだ後。
「……そう。だからあなた方を、ここへ連れて来て下さったのかもしれないわね」
なにやらぽつりとつぶやいた千草さんの言葉。
柔らかい笑顔と共に発せられた。
あたたかな春風のような言葉は。
冬の風に阻まれて。
俺の耳に。
はっきりと届くことはありませんでした。
「ええと……、今、なんて?」
そう聞いてみても。
千草さんは、首を左右に振って。
ただ、ニコニコとされているだけ。
しかも。
「……春になったら、お花畑がとっても綺麗になるから。あなたたち、ここで式を挙げなさいな」
「まだ言いますか」
さっき、理解してくれたものと思っていたのに。
面倒な話をぶり返して。
俺に、これでもかと細めた目を向けます。
ええい、そんなに目を細めること無いでしょうに。
ぎゅっとつぶり過ぎて。
……目尻から。
涙がこぼれているではありませんか。
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