ベゴニアのせい


 ~ 十二月十七日(火)

        一万二千キロ ~


  ベゴニアの花言葉 愛の告白



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その、入口に近いテーブルで。


 明日の改装打ち合わせを前にして。

 会長が、晴花さんと俺にも意見を聞きたいと。

 こうして会議を開いたのです。


 が。


「すいません、穂咲も行きたいとか言い出しまして」

「いいじゃない。でも、ソリ遊びするならあんな可愛いワンピースはやめとくように言っておきなさいよ?」

「はあ……。今度はなにをやらかすやら……」

「その藍川穂咲は、本日はどうしました? 秋山道久と一緒にいないとは珍しいですね?」

「…………俺に内緒で、明日使う遊び道具を探しているようです」

「……内緒?」

「バレているではありませんか」

「内緒だと、本人が言っていましたので」


 本題よりも。

 気づけば長時間話題に上っていたのは藍川あいかわ穂咲ほさきの件。


 今日は、あたしの指輪と遊び道具を探すのと言って。

 ……遊び道具については俺には内緒だと言って。

 早々に帰ってしまったのですが。


 遊び道具はともかく。

 君の指輪。

 まるきり見つかりませんね。


 おばさんのオルゴール同様。

 翼を生やして。

 今頃、大西洋でもわたっているのではないでしょうか。


「では、話を戻しますが。あの女神像もそのまま設置の方向で良いですね?」

「そうね……。千草さんとしては、全く手を付けて欲しくないと思っているのでしょうけど。でも椅子は作り替えた方が良いわね」

「スタッフ用の通路と音響調整室を作るのもしょうがないと思うのですが、俺もあまり手を入れて欲しくないのです」


 俺たち二人の意見を手帳に書きこんでいた会長は。

 なるほどと頷きながら教会の上面図に目を落として。


 ブランコとかゴンドラとか。

 いくら何でもといった装置にバツ印をつけていきます。


 本当に。

 できれば何も手を加えないまま式場として流用して欲しい。


 俺がそんな思いで設計図を見つめていると。


 レジの方から聞こえてきた、驚きのやり取りに。

 テーブルの三人はおろか。

 店中の誰もが振り向いたのでした。



「へ~い! 君、ちょ~う可愛いね~! 俺と、付き合っちゃわな~い?」

「ひうっ!?」


 逆立てた髪を金色に染めた。

 アクセサリーまみれのお兄さん。


「バイト~、終わるまで~、俺、待っちゃってるからさ~!」

「あ、その、えっと……。いやー! まいったなー!」


 そんなお兄さんにナンパされて。

 しどろもどろになって。

 頭を掻くのは六本木瑞希ちゃん。


 元気で可愛い、魅力的な女の子なので。

 こんな形で声をかけられることくらい日常茶飯事なのかと思っていたのですが。


 あの慌てっぷりを見たら。

 ナンパに対する免疫が無さそうな気がするのです。


 それに、最近失恋したばっかりですし。

 いろいろ心配な事件発生なのです。


「なんですか、あの非常識な男性は!」


 そして、こちらにもナンパに免疫のない女性が一人。


 目くじらをたてなさんな。

 青筋を浮かべなさんな。

 会長の怒り顔。

 どんだけ見慣れても怖いのです。


「まあまあ、ただのナンパですし。気に入らなければ瑞希ちゃんが断ればよいだけの話なのです」

「そんな薄情な言い方がありますか!」


 会長と瑞希ちゃんは。

 間に葉月ちゃんを挟まずとも。

 すでにすっかりお友達。


 ゆえに、こうなってしまうのもやむなしなのですが。

 暴力沙汰はいけません。


「ええい、お放しなさい! 秋山道久!」

「だめですって。ひょっとしたら瑞希ちゃんのどストライクな男性かもしれませんし」

「そ、それはないでしょ? あれだけ困ってるし」

「そうなのですか?」


 色恋の加減など全く分からない俺ですが。

 だからこそ、晴花さんの言う事は全面的に信用できます。


 自分に責任も持たずに情けない話ですが。

 もし間違った場合は全部晴花さんのせいにする気持ちで。


 俺は、会長に待てのサインを送った後。

 ナンパお兄さんの肩を叩きました。


「すいません、ちょっとよろしいでしょうか」

「セ、センパイ!」

「ああん? なんだおめ~? 俺の愛の告は~くを止めるなんてよ~。……ま、まさか! お前、彼氏ぃ!?」

「違いま……」

「俺の!」

「なんであんたの彼氏にされました!? 違いますよおかしいでしょ!」


 なんなのこの人!

 ちょっと面白い!


「や、やきもち焼くんじゃねえよ~。ア~ンド、諦めてくれよ~。俺はこのスイ~トハ~ニ~にぞっこんラブっちまったのさ!」

「そのスイ~トハ~ニ~、ちょっと困っているのですよ」

「俺の彼氏が急に現れたから?」

「なんだか面倒なので、それでいいです」

「き~もちは分かるけど! 俺だ~って困っちまうのさ! マ~イ彼氏よ!」

「何がでしょう?」

「だって俺、男だし」

「俺だって困るわ!!!」


 どうしましょう。

 穂咲とはベクトルの異なる異次元殺法の使い手。


 こんな方にどうやったら諦めさせることができるでしょう。


「何をやっているのです、秋山道久! しっかりなさい!」

「そうは申しましても」


 ここはもう。

 ダメもとでも正攻法を試してみましょうか。


「ええと、彼女のこと、好きなのですよね?」

「き~にいっちゃったよ~! だから別れてくれないか? マ~イ彼氏!」

「そっちは是非とも。でもですね、彼女のことはダメです。あなたと違って、もうちょっと相手のことを良く知ってからでないと付き合えない子なのです」


 そんなことを言ったとて。

 付き合ってから自分の事を知ればいいとか。

 きっと言い出すに違いない。


 と、思っていたら。


「お~うけ~い! おうけい! すっげ~そのき~もち、分かるぜ~! そんじゃあまずは、よく話しかけてくるめんど~な客ってことでよろしこ~!」

「それでいいのですか!?」

「そりゃそうだろ~う? こんなマイプリティ~エ~ンジェルちゃんがそうしたいって言うなら、俺はゆ~っくり仲良くなってくぜ~!」


 驚いた。

 この人。

 意外過ぎるほどいいやつなのです。


「また来るからよ~ろしくちゃ~ん!」


 そして投げキッスなどしながら。

 クルクル回りながら。

 ……何にも買わずに。

 お店から出て行ってしまったのです。


「……考えてあげてもいいのではと思うほど」

「あれの? どこが!?」

「秋山道久は見る目がありませんね……」


 まあ。

 あれが隣にいるだけで面倒極まりないとは思うのですけど。


 でも、瑞希ちゃんの気持ちを尊重してくれる。

 そんな奴に見えてしまったのです。


 ……やっぱり。

 見る目、ない?


「セ、センパイ! ありがとうございました!」

「はあ。……いや、別に俺は何もしていませんが」

「あの人の気持ちも、私の気持ちも、どっちも救ってくれるなんて!」


 ああ、なるほど。

 でも結果的にそうなっただけで。


「俺、ほんとに何もしてませんけど」

「く~~~~っ! 謙虚!」


 そんなことを言いながら。

 両手の人差し指をびしっと突き付けられましても。


 困ってしまうのです。


「あたし……、誰かの恋人になるなんて難しいって思ってて。だからもう少し落ち着くまで、焦らないようにしようって決めたところだったので」


 そう言いながら。

 瑞希ちゃんはふわっと笑顔を浮かべると。


「恋って、まだよく分かんなくて。あれだけ熱烈にアピールしてくれた方も、素敵な人って思えないし。……やっぱり、比べる相手が悪いのかな……」


 両手を胸の前に合わせて。

 小さな声で、ごめんなさいと謝るのでした。


 そうか。

 そうですよね。


 やっぱりすぐそばに。

 あれほどかっこいい男性がいては。


 ハードルが上がるのも。

 やむなしなのです。


「……俺が言うのも悔しくて腹立たしいですが。お兄さんがあれだけかっこよければそう思ってしまうのも仕方ないですよね」


 そんな俺の言葉に。

 さもありなんと頷くかと思っていた瑞希ちゃんは。


 意外なことに。

 慌てて首を横に振るのです。


「違いますよ?」

「え? 他に、もっとかっこいい男が身近にいるの?」


 いやいや。

 学園のアイドル的存在である六本木君を。

 上回る相手なんているわけないでしょうに。


 眉根を寄せて。

 おそらくブサイクになっている俺の顔を見て。


 瑞希ちゃんは、ぷっと噴き出すと。

 文脈の繋がらない言葉を。

 ぽつりとつぶやいたのでした。


「そういうとこが」

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