アンジェリケのせい
~ 十二月十六日(月) 一万キロ ~
アンジェリケの花言葉 夢
藍川家の店頭で。
お店もまだ開いているというのに。
地べたに手とおでこを付けて。
ダリアさんに許しを請う俺。
そんな姿の右の側。
軽い色に染めたゆるふわロング髪まで地面に這わせて。
お詫びしているのは
頭の上には、チューリップの仲間、アンジェリケ。
ピンクの花びらが八重に咲く。
せっかくの美しいお花も。
一緒にぺこりとうなだれます。
「ごめんなさい」
「ごめんなさいなの」
俺はもちろん悪くもなんともないのですが。
進路を就職から進学へ変える時。
穂咲が同じようにしてくれたので。
お隣にいてあげようと思います。
「で? 昨日はドウシテ行かなかったか?」
「地図の通りに歩いてたつもりで、全然違う学校に行ってたの。そこで普通に料理教室してたから、それが試験なんだと思って気合い入れて作ったら大絶賛」
「こいつ、そこで講師になってくれと懇願されたそうなのです」
「一緒に受験してるみんなが、高三なのに、そろって左手に指輪してて度肝を抜かれたの」
「そんな精神状態で、よく頑張れましたね」
穂咲は、自分は悪くないと言い訳しているわけではなく。
全面的に自分のせいで。
せっかく費用を出してくれた試験をことごとく棒に振っていることを心から申し訳ないと思っているのですが。
瑞希ちゃんやおばさんが落ち込んでいるのを慰めて。
ようやく本命校へ行こうとしたら迷子になって。
そんな不幸な物語を。
謝罪の念と共に一から説明しているのです。
「つまり、道久君が地図書いてくれなかったせいなの」
「この十行ほどの時間を返せ」
してなかったの?
反省。
「前のテストん時は書いてくれたのに」
「あの地図を書いてあげた時間も返せ」
まったくこいつは。
呆れたやつなのです。
「……ナルホド。反省していないか?」
「反省してるの。あたしのせいなの。……でもね?」
殊勝に返事をしたかと思ったら。
なにやら首をひねり出したのですが。
「でもってなにさ。やっぱり反省してないの?」
「してるの。でも、前はあんまり思わなかったんだけどね? たくさん試験を申し込んで、ちょっと思ったことがあってね? なんかあたしの夢と違うって気がしてきたの」
は?
どういうこと?
「君の夢、目玉焼きやじゃなくなったのですか!?」
「ううん? 目玉焼きやにはなるの」
「じゃあ、なにが違うの」
「分かんないけど。でも、違うの」
相変わらず。
要領を得ないこいつの言葉。
でも、眉根を寄せる俺に反して。
ダリアさんは何かに気付いたよう。
「……考える役に立ったのならよい。ダガ、急がないといけない」
「はいなの」
おばあちゃんから話を聞いて。
飛んで来たのかと思いきや。
カンナさんと、四日市市まで工場見学に行った帰りとのことで。
意外とのんきなダリアさん。
でも、本当に優しくて。
頭が良くて。
素敵な方なのです。
「……君は。こんな方にご迷惑かけなさんな」
「道久君は、ダリアさんに恋?」
「しませんて。売り切れてるでしょうに」
「ラブソングさえ完成すればあるいは」
「まだ言いますか」
穂咲を黙らせたものの。
ふと気付けば。
あのメロディー。
またうすらぼんやり忘れてしまったのです。
まあいいか。
明後日の水曜日。
いよいよ教会の改装計画を本格的に始めるため。
ダリアさんの運転で。
あの村へ行く予定ですので。
その時に、千草さんに聞かせてもらいましょう。
「……サテ、それでは中に入ろう。私もサムイ」
「そうですね」
「工場の写真もある。ミタイか?」
「見てみたいのです。そこまで凄いものなのですか?」
ダリアさんに深々とお辞儀をするおばさんの横をすり抜けて。
お店から廊下へ上がって。
居間のこたつへもぐりこむと。
「ケイタイで撮ったから十分に魅力が伝わるとはオモエ無いが……、おっと」
ダリアさんが写真を見せてくれようとして取り出した電話に着信音。
そして始まる異国の会話。
「おお、なんかすごいのです」
まったく理解できませんけど。
これはロシア語でしょうか?
「君が勉強したばかりのフランス語って訳ではなさそうですね」
俺がお隣りに座った穂咲に話しかけると。
こいつはミカンの皮を剥きながら。
予想外の返事をして来たのです。
「ポルトガル語なの」
「は? 適当なこと言いなさんな」
「だって、オブリガーダって言ってたの」
「オブ……、え?」
それって確か。
女性がありがとうって言う時の言葉ですよね?
まったく気づきませんでしたけど。
たまに天才ですよね、君。
「ねえ道久君。ポルトガル語って、どこの国の言葉なの?」
そして常時バカですよね、君。
でも、正解を言ったらへこみそう。
ええと。
たしか。
「……モザンビークとか、東ティモールとか」
「ふーん……。西モールは?」
「商店街の事じゃないのです」
そこはたぶん。
おばちゃん語が飛び交っているのです。
「ふう。……シツレイ、仕事の電話だった」
「ぜんぜん失礼じゃないです。国際電話だったのですか?」
「そう。仕事で使うインテリア小物に、理想にぴったりの品を海外で見つけたと言っていたのだが、そのせいで撮影が遅れると」
「へえ。インテリアの写真?」
「服の写真なのだが。ネット用のカタログ写真」
そんなことのために、わざわざ海外から小物を買うなんて。
よっぽど高級なお洋服の撮影なのでしょう。
しかも国際電話とか。
海外の方とお仕事をしているなんて。
俺は尊敬の念をさらに深めながら。
ミカンを一つ手に取ったダリアさんを眺めます。
……穂咲の夢を、これほど応援してくれて。
水曜日にはわざわざ休みまでとって。
俺の夢も手伝ってくださる。
たまにおかしなことをしでかしますけど。
本当にこの人は…………。
本当に。
どうしてそうなのです?
「はああああっ!!! ドウダ! 念力でミカンを空中にコテイ!」
急に。
子供だましの手品を始めたのですけど。
そんなのに驚く高校生なんて。
「ウソなの! ほんとに浮かんでるの! ダリアさん、すごいマジシャンなの!!!」
……いたよ。
「凄いの! あたし弟子入りして、マジシャンになるの!」
「えええええ!?」
「ふっふっふ。シュギョウは厳しい。目玉焼きやの夢を捨ててついてくるカクゴ、あるか?」
「もちろんなの!」
「ちょっとお! こいつの夢を狂わせなさんな!」
応援しているのやら。
邪魔しているのやら。
俺は呆れながら。
空中に浮かんだミカンをダリアさんの親指から引き抜いたのでした。
……ん?
そういえば、もう一つ。
ポルトガル語を使う。
有名な国がありましたっけ。
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