クリスマスカクタス のせい


 ~ 十二月十二日(木) 六千キロ ~


 クリスマスカクタスの花言葉 冒険心



 『ちょっと来るの』とメッセージを貰い。

 よれよれジャージに半纏はんてん姿で。

 サンダルをつっかけて裏口からお隣りへ入るなり。


 土間に正座ですよ。


「さすがにここは狭くて痛くて寒いのです」

「お黙りなさい。常日頃を斯様に気を張らず過ごす者への罰として相応しいと心得なさい」


 そんな俺がにらむ相手は。

 もちろん怒り顔のおばあちゃんではなく。


 自分ばかりが正座で叱られているところ。

 道連れが欲しいと呼び出したとしか思えない藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をクリスマスツリーにして。

 そこからクリスマスカクタスの花をにょきにょき生やした姿で。

 床にちょこんとお座りしているのですが。


「君はなんで正座させられているのです?」

「うう。たーんと専門学校の試験申し込んだってのに、ろくすっぽ受けに行ってないことがばれちったの」

「なるほど。それは正座で許してもらおうなんて甘いレベルの悪行なのです。土下座なさい、土下座」

「と、いうことは。道久さんは、そんな悪行をつゆ知らず、ゆえに叱咤なさらなかったという事ですね?」


 おっと、そんなことを言われましても。

 狭い土間にすっぽり収まって正座をしているせいで。


「……床に手をのせて寝そべって。何の真似でしょうか」

「土下座しようにも、土間からの高さがね?」


 ふざけて机に突っ伏してるみたいになったので。

 余計に怒らせてしまいました。


 ……それからみっちり一時間。

 大人としての心構えをありがたく聞かせていただいたのですが。


 一番、身に染みた教訓は。

 寒いところに長時間いると。

 

 冷たいが、痛いに変わった後。

 だんだん痒くなってくるという事。


 これ以上はさすがにマズイ。

 そう思った瞬間。


 穂咲がうまいこと話の腰を折って。

 お説教をフェードアウトさせることに成功したのです。


「そうだ。おばあちゃんにクリスマスプレゼントするの」

「お気遣いは御無用に願います。その教えに身を正すことはありますので畏敬の念は抱くものの、開祖たる方の生誕なされた日を祝するに私では身の程知らず。心より感謝なさる皆様に失礼と言うものです」


 おばあちゃんらしい。

 堅っ苦しい物言いですが。


 言いたい事は分かります。


 でもせっかく穂咲が話の腰を折ったのです。

 俺も援護射撃を入れないといけません。


「そう言わずに。受け取って下さいな」

「いいえ、結構」

「なるほど、さすが『和』の伝道師。では、海外のクリスマスはどう過ごすものなのかご存知ないのでしょうね?」

「いいえ。フランスに住む友人から学んだことがあります。彼女はクリスマスをノエルと呼びまして、世界中から気に入った品を買い集めてご家族へプレゼントするとのお話でした」

「世界中? それはまた豪気な」

「家族への愛と感謝を伝える日でもあるという意味でしょう。ですので日本のように外で過ごすことは少なく、主に家で過ごす日であると聞いています」


 俺もそんなお話を聞いたことがあるのですが。

 実際にご友人から聞いたお話とのことで。

 おばあちゃんの言葉の方が。

 俄然信憑性があります。


 ……そう言えば。

 今年のクリスマス。


 まーくんが穂咲に。

 素敵な家族旅行をプレゼントしてくれると言っていましたっけ。


 費用は、先日の通販で稼いだお金で賄うとのことでしたけど。

 太っ腹なことに、これだけの手間をかけてくれた手数料は取らないとのお話なのです。


「それよりお二人にはまだ言いたい事がございます。一衣帯水いちいたいすいという言葉があり……」


 しまった!

 余計なことを考えている間に。

 せっかく折った腰が接着されそうです。


 俺が視線で何とかしろと訴えると。

 穂咲は任せておけとばかりによいしょと立ち上がるのでした。


「これ! まだ話の途中というのに、どういう了見です!」

「かたっ苦しいこと言わずに、あたしのプレゼントを食らうがいいの」

「そうそう、穂咲からクリスマスプレゼントなのです」

「道久さんまで立ち上がって……。それに先ほど無用と申したはずですが?」

「まあまあ」

「まあまあ」


 穂咲は気にせず、愛用のエプロンを装着するのですが。

 おばあちゃんの怒りは治まりません。


「よろしいですか? 贈り物には文と心を添えるもの。不揃いは押し売りと心得るがよろしいでしょう。そもそも……」

「んじゃ、フラムクーヘン作るの」

「フラム……? ほう」


 おばあちゃん。

 ピクっと眉を跳ね上げて。

 それきり口をつぐんでしまいましたけど。


 ほんとに海外の品がお好きなのですね。

 かわいい方なのです。


「……穂咲さんは、そのような品を良く作るのですか?」

「新必殺技って呼ぶにはもうちっと特訓がいるけど、でもおばあちゃんに喜んでもらえるように頑張るの」

「なるほど。繰り返し挑戦して腕を磨く。それは素晴らしい心構えですね」

「都度、失敗作を食べさせられる人の影の努力にも光を当てて欲しいのです」


 俺の軽口に。

 おばあちゃんは折り目正しくお辞儀などなさったあと。


 メモ帳と鉛筆を手提げから取り出して。

 穂咲の後ろから真剣な顔を覗かせて手元を確認しながら。

 せわしなく筆を走らせるのです。


「……おばあちゃん、バームクーヘンじゃないよ? 知ってる?」

「道久さんは失礼な方ですね。先ほどお話した友人宅では良く作ると話に聞いております。フランスではタルト・フランベと呼ばれるお料理です」


 おいおい。

 いくら外国のお料理に憧れていると言っても。

 俺より詳しくてどうします。


 こんな可愛いおばあちゃんに。

 思う存分、洋食を作っていただきたい。


 そう感じた俺なのでした。



 ――生地の上に具材を乗せて。

 余熱のためにオーブンのスイッチを入れて。

 一息つくと。


 お説教を途中で逃げたことなど。

 すっかりお忘れになられたおばあちゃんは。

 

 優しい笑顔と共に。

 穂咲へ声をかけたのです。


「……穂咲さん。随分と上達いたしましたね」

「そう? まだまだなの。包丁一つとっても、奥が深いって知ったばっかしなの」

「今の人参の切り方は、フランス料理の技法ですね」

「おばあちゃんにも教えたげるの」


 そんな言葉に。

 これでもかと顔をほころばせて。


 穂咲に手を添えられて。

 ニンジンを切り始めるおばあちゃん。


 幸せな光景に、せっかくほっこりとしていたのですから。


 俺の前に並べないで下さいな。

 生じゃいやなのです。


 ……でも。


 穂咲の腕前。

 そばで見続けていたせいでしょうか。

 その成長に気付いていませんでした。


 おばあちゃんが認めるのですから。

 疑う余地も無いのですが。


 穂咲は俺にも隠れて。

 こっそりと腕を磨いていたのでしょうね。


 ……その道の先輩に褒められる穂咲に対して。


 結婚式場をめぐっている間。

 まるで相手にされなかった俺。


 なんだか、いつものように。

 じんわりと焦りという言葉が胸を包み込みます。



 穂咲とおばあちゃん。

 似ても似つかぬお二人ですが。


 こと、料理の話になると。

 同じ土俵に並び立つ。


 おじさんの背中を見て。

 そのひたむきな姿勢を。

 知らず知らずのうちに学んでいたのでしょうか。


 ……完全無欠。

 おばあちゃんに相応しい形容の言葉。


 穂咲もいつか。

 おばあちゃんとそっくりな女性に?


 今は想像がつきませんが。

 あるいは。

 ひょっとして……。


「ところで穂咲さん。具にはどのような品が相応しいのでしょう」

「なんでもいいってとこがポイントなの。フルーツ系にしても美味しいし、お肉系でもいけるの」

「なんでも……」

「そうなの」


 俺が思いを馳せる中。

 淡々と続いていた、二人のお料理談義。


 それが。

 ふとした拍子に途絶えます。


 ん?

 具のお話をしていたところで。

 どうして顔を見合わせたまま停止しています?


 穂咲の前にはフルーツ系のフラムクーヘン。

 おばあちゃんの前にはお肉系。


 残った一つは。

 まだ、なにも具が乗っていないのですが。


「……ならば私は。多少の冒険心を奮い起こしましょう」

「ちょっと待った! ノリの佃煮は『なんでもいい』のチームから退団させた方がいいと思うのです! 戦力外!」

「なんの。あたしの冒険心の方が上なの」

「君が持ってるハバネロは敵チーム!」

「なんの小癪な」

「混ぜない! ノリとバタピー混ぜない!」

「なんのなんの」

「さらにタバスコぅ!」


 ……いつかは。


 そう、いつかはそっくりになるかと。

 先ほど思いましたが。


 この二人。

 すでに、料理に関しては同じ土俵。


 いい意味でも。

 悪い意味でも。



 ……悪い意味でも。



「ですが穂咲さん。これで失敗したらなんとします」

「失敗を恐れていては何も生まれないの」

「怒りしか生まれませんよこの皿からは!」


 そして美味しく楽しく夕食を共にする祖母と孫の前で。

 影の功労者は。

 胃薬片手に冒険心とやらをいただいたのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る