チューリップのせい


 ~ 十二月十一日(水) 六千キロ ~


 チューリップの花言葉 思いやり



 今日の三、四時間目は。

 一、二年生の合同体育。


 六人でチームを組んで。

 リレーを行います。


 寒空に負けない体づくりと。

 チームワークと協力の姿勢。


 いくつになっても学ぶべき。

 大切なものだとは思いますが。


「高三では学ぶ必要が無いからカリキュラムに無いのだと思うのですが」

「こんな楽しそうなの、みんなやりたいに決まってるの。ずるいの」


 三年生はもちろん普通の授業中。

 でも、先生に窓から。

 もう帰ってこなくていいからそこで立ってろと言われたので。


「よし。こうなったらベストタイム賞を狙うのです」

「はい! 頑張りましょう、センパイ!」

「なんでアタシまで……。帰りてえ」

「か、か、勝手にチーム作ったりして、怒られませんかね?」


 チーム・ワンコ・バーガー。

 勝手に結成なのです。


「珍しく道久君がワルなの」

「君だってノリノリではないですか」


 保健室から、ジャージの下だけ借りてきて。

 念入りに準備体操をするこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を前でぱっつんにそろえて。

 頭の上には、赤白黄色のチューリップ。


 君が参加するこの競技を。

 リレーではなく。

 かけっこと呼びたくなるのです。


「さて、バトンを渡す練習をするの」

「そうですね……。優勝を狙うなら、重要なポイントだと思います」


 見た目通り真面目。

 そして見た目に反して熱い葉月ちゃんが。


 穂咲と二人でバトン練習を始めたのですが。


「いや……、穂咲さん。慎重すぎるでしょ」


 テイクオーバーゾーンでスピードを出しておくどころか。

 追突しそうになるのを、葉月ちゃんが無理やりブレーキ。


 背中を押されて、おっとっとから。

 のたのたと走り始めた穂咲なのですけど。


 …………おそい。


 びっくりするほど遅い。


「ウソですよね」


 これが、一年と六か月前。

 バトンを渡した方の女の子と、二人三脚の勝負でデッドヒートを繰り広げた人とは誰が信じよう。


「男子については、三日会わなければ刮目せよと言いますが。君は一年半で目を覆いたくなりますね」


 バトン練習だと自分で言っておいて。

 トラックを走り続ける穂咲さん。


 四分の一を過ぎたあたりで。

 すでに両肩を落として、大口を開けてあえいでいるのですが。


「すいません。目標を、完走に変えてもいいですか?」

「ひ、ひ、一人一人が、ベストを尽くしましょう!」

「…………帰りてえ」


 スポーツは大好きなのに。

 スポーツの方が君のことを嫌いなので。

 こんな悲しい独り相撲。


 それでも一途な想いは美しく。

 汗まみれになって帰ってきた穂咲が笑顔を浮かべると。

 文句ばかり言っていた雛ちゃんですら、目じりにしわを作ります。


「お、お、お姉ちゃん! 次はボクが……!」

「ふう! ふう! ま、任せたの!」


 そしてテイクオーバーゾーンもまるでいらず。

 立ったままの小太郎君へ。

 今、見事にバトンタッ……。

 タッ……。

 ん、タッ……、タッ……。

 タッ………………チ。


「時間かかりすぎなのです!」

「そ、そこまで空振りする!?」

「なあ。もう帰っていいか?」

「対策としましては、二人の間にできるだけ器用な人を入れるしか……」

「…………皆さん、無言になって俺を見ないでください。それは器用な人を見つめる目じゃなくて、無理難題を押し付ける時のやつなのです」

「お花の先輩。試しにおっさんに渡してみてくれよ。その出来次第で本当に帰るから」


 雛ちゃんのあきれ顔。

 これは本気の挑戦と見た。


 折角結成した、チーム・ワンコ・バーガー。

 その、一番の稼ぎ頭に逃げられてたまるもんですか。


「よし、穂咲! お前の鋭いバトンパスを見せてみろ!」

「合点なの!」


 そしてスタート待ちの姿勢から。

 腰に沿って構える俺の腕をスルーして。


 穂咲が鋭く突き出した槍が。

 一直線に、ちょっと書けないどこかへ突き刺さる。


「とりゃ」

「ぐふおおおおおっ!!!!!」


 ば……、ばか……。

 今世紀最大のおばか……。


 怒鳴りつけたい気持ちと、猛烈に痛いどこかを抱えつつ。

 地面へ崩れ落ちた俺。


 でも、今は呼吸ができないから。

 突っ込むのは、ちょっと待っててね?


「だ……っ! 大丈夫ですか秋山先輩!」

「し、し、白目剥いてるっ!」

「大変! こんな目に遭ってるのに、藍川先輩に突っ込まないなんて大ごと!」

「どっちかって言うと突っ込まれたのがおっさんだ」

「しっかりしてください! 先輩!」

「センパイ!!!」


 俺たちを囲む一同はともかく。

 その外周からは笑い声の奔流。


 そんな中で。

 どうして君は……、いてっ。


「藍川先輩! バトンで叩いてはだめです!」

「平気なの。こうしてるうちに起きるの」

「うぐ……。い、痛いからやめ……」

「ほんとだ! さっすが藍川センパイ!」


 いや、なにがさすがなものか。

 こいつには、一言言ってやらないと。


 青息吐息な呻きと共に。

 何とか突っ込みを絞り出した俺。


「……君は。思いやりって言葉、知ってる?」

「軽いの」


 そして、軽い槍で。

 ぽくぽくと叩かれ続けたのでした。


「痛いの痛いの、飛んでくの~」

「痛い痛い!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る