アワユキエリカのせい
~ 十二月五日(木) 上空十キロ ~
アワユキエリカの花言葉 告白
大学受験組にとっては。
合否を決定づける十二月。
とは言いつつも。
放課後の教室で。
こんな話題が出るのも。
無理からぬ時期なのです。
「やっぱ海外でしょ!」
「俺は沖縄が良いな~」
「二月中は飛行機安いんだっけ?」
「あと、だれ誘おうか?」
仲のいいメンバー同士。
至る所で。
卒業旅行の計画が始まっているようですが。
「穂咲も一緒に行く?」
「まだわかんないの」
「返事はゆっくりでいいぜ。あと、心底不本意だが道久が付いてくるのも許可してやる」
「ありがたい温情に涙が出るの」
君たちはまだ。
そんな呑気な話をしている場合ではないでしょう。
あと。
そんな意地悪で遊んでいる場合でもないでしょう。
六本木君と渡さんから。
卒業旅行に誘われているこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をティアラ風に編み込みにして。
編み込み部分から七房ほど。
アワユキエリカを生やしているので。
君のことを自由すぎる女神とお呼びしましょう。
「本当はどうしても嫌なんだが、泣いて頼まれちゃ仕方ねえよな?」
「なんて心の広い六本木君なの。道久君もきっと、六本木君に一生感謝すると思うの」
「ええ、もちろん一生感謝しますとも。今すぐこいつを亡き者にすればその期間もあっという間に終わりですし」
あるいは返り討ちにあってもよし。
いずれにせよ、こんな薄情な奴に感謝するのは五秒限りで終了です。
呆れたように笑う穂咲と渡さん。
そのうち、予備校の時間だという事で。
決着は次回へ持ち越し。
二人は帰っていったのですが。
カバンを抱えた帰りしな。
笑いながら声をかけてきたのは新谷さん。
「卒業旅行、四人で行くの?」
「いえ、まだ決まってません。そもそも四人とも受験前だというのに浮かれていられません」
彼女も短大進学組ですし。
まだ、浮かれたお話は厳禁という時期のはずですが。
「あたしは国内が良いな~。北海道か沖縄!」
「三月の北海道って、めちゃくちゃ寒そうなのです」
そうなのよね~と笑いながら。
すでに帰宅した宇佐美さんの席へ座った彼女は。
旅行にまつわる面白い話をし始めました。
「こないだ話した北海道の従妹もね? 沖縄の友達のとこに行ってるのよ。今日出発だって」
「すごい。我々にとって憧れのリゾートからリゾートへの移動なのです」
「ほんとよね! お誕生パーティーなんだって。プレゼント山ほど持って」
「どんな仲なのです? 彼氏さん?」
気づけば穂咲も身を乗り出して。
興味深げに聞いているのですが。
「ぜんぜん! だって、女同士だし!」
「そうなのですね。でも、プレゼント沢山なんて。仲良しなのです」
「それもちょっとちがうのよ! 旅行の目的、フリマなんだって!」
「……え? どういうことです?」
「気に入った品を一つだけプレゼントして、他のは売るんだってさ!」
「ああ、なるほど」
一度は納得したものの。
でも、すぐに首をひねります。
だって。
わざわざ売り物を持って沖縄へ?
「新谷さんに似て、アクティブな方なのです」
「あたしと違って美人なのよ?」
おっと。
またそのパターンですか?
「……もう騙されません。いい女の話術には」
「あはは! なにそれ!」
新谷さんが笑うと。
まるで花が咲いたよう。
俺の肩越しに顔を出して。
鼻の下を伸ばす君の気持ち。
よくわかります。
そんな新谷さんが。
そろそろ帰ろうかなと席を立ったタイミングで。
「聞いてくれお前ら!」
「いてて! 引っ張んなって!」
「うるせえ黙れ、この犯罪者!」
今やクラスのマスコットキャラ。
もてないトリオが大騒ぎしながら近づいてきました。
「柿崎君、何の騒ぎなのです?」
「おうよ、聞いてくれ! ……俺に告ってくれ! 新谷!」
「俺に言ったのかと思って寒気がしましたよ」
「そうねえ。柿崎が他の女子に告られたら、あたしも焦って告るかもね」
「そしてさすがはいい女。見事なお返事なのです」
穂咲と一緒に拍手喝さい。
それに胸を張って応える新谷さん。
でも、しょぼくれるかと思っていた柿崎君が。
立花君と一緒に、やべっち君の首を絞めながら。
再び騒ぎ出すのです。
「じゃあ、権利があるのはこいつだけか!」
「ちきしょう! なんでてめえは一年から告られてんだ!」
「く、くるしい……、やめてくれ……」
え?
やべっち君が告白されたのですか!?
そんな衝撃的なことを言うものだから。
まるで雷にでも打たれたように椅子から飛びあがった俺たちは。
目を丸くさせながら。
大声を上げたのでした。
「「「ま~たまた~♪」」」
「ほんとなんだって!」
「こいつ! しかも断りやがったんだ!」
次から次へと。
衝撃の連鎖が続き。
俺たちは震える声音を。
口の端から絞り出すのが精いっぱい。
「「「ま~たまた~♪」」」
どれだけ君たちが力説しても。
信じませんって。
俺たちはおなかを抱えて。
もてないトリオの新ネタを堪能したのでした。
~🌹~🌹~🌹~
「…………花壇の裏で、誰か泣いてるの」
すっかり遅くなってから校舎を出るとすぐ。
穂咲が足を止めて。
薄暗がりをじっと見つめます。
まるで泣き声など聞こえませんし。
まるで花壇の裏なんて見えませんけど。
穂咲が言うのならそうなのでしょう。
俺は、暗がりを走り出す穂咲の後を追うと。
案の定。
そこには、花壇の縁に座って泣いている女の子と。
「……丹下さん?」
「あ……、先輩」
そんな子の肩へ優しく手を添えていた。
丹下さんの姿がありました。
――この方は、俺が一年生の時に。
文化祭の練習で白雪姫の格好をした際。
その姿を見て、ここに進学を決めたという代わり者。
そんな後輩と。
まさか、気まずい感じの校庭の端で。
こうしてお会いすることになろうとは。
「失恋ブームなの」
「こら、なんてひどいことを」
誰が失恋と言いましたか。
眉根を寄せて突っ込んだものの。
穂咲の、悲しんでいる人レーダーと。
優しさについては折り紙付きなわけで。
「確かに失恋したんですけど……、流行っているんですか?」
頓狂な言葉のせいで。
逆に落ち着いた女の子が。
校内一の有名人の顔を見上げたのです。
「泣かないで欲しいの。やべっち君のことなの?」
そしてあてずっぽうだったのか。
確信があったのか。
穂咲が女の子の前にしゃがみ込んで目線を合わせると。
その子はこくりと頷いたのでした。
「……矢部先輩、クラスの女子の皆さんにお付き合いを申し込んでいるって聞いたから、それなら私でもいいのかなって思ったのに……」
気丈に話してくれる一年生。
その手を優しく握ってあげた穂咲は。
小さくかぶりを振って。
「違うの。やべっち君は、誰でもいいわけじゃなくて。良い人だってことを知ってる相手だからお付き合いしたかっただけなの。……んで、その基準が低いから、クラスの全員になっちっただけなの」
そう説明した後。
改めて彼女の手を握り直して。
「だからあなたのこと、ふったわけじゃないの。やべっち君、喜んでたの」
「え? でも、付き合えないって……」
「今はお付き合いできないって言っただけなの。さっきみんなで冷やかしてたら、説明してくれたの」
……そう。
やべっち君はいい加減そうに見えて。
結構ちゃんとしている人なわけで。
上手く伝わらなかったかもしれないと。
教室で頭を抱えていたのです。
その善後策と。
やっかみ故のめちゃくちゃな指示とを。
みんなで話していたので。
こんなに遅くなってしまったのです。
「メアド教えてもらったんでしょ? なら、ぜんぜん脈はあるの。しばらくは、友達として付き合いたいって言ってたの」
「そ……、そうなんですか!?」
そして、こんな暗がりの花壇に。
ひときわ明るい季節外れのヒマワリが咲くと。
丹下さんと穂咲と。
手を取り合って。
今度は嬉しい涙を流したのでした。
……よかった。
やべっち君にも、すぐにメッセージを送っておこう。
こんなに一途に想ってくれる女の子。
きっとすぐにお付き合いすることになるでしょう。
「よかったね、積極的に行って!」
「うん……! うん!」
「そうなの。なんでも言わなきゃ始まらないの。ちゃんと実を結ぶのはもうちっと先かもだけど」
「ありがとうございました! お花の先輩!」
そして穂咲に抱き着いた女の子が。
おいおいと泣きじゃくると。
もらい泣きしていた丹下さんが。
意を決したように立ち上がったのです。
「じゃああたしも積極的に告白します!」
おやおや。
丹下さんにもお好きな方が?
それは応援してあげねばと思っていたら。
この人。
俺の手を力いっぱい握りながら叫ぶのです。
「秋山先輩!」
「え? …………おれっ!?」
真剣な表情の丹下さん。
それを見上げる二人の目が。
これでもかと見開かれていますけど。
積極的な告白。
確かにそれを。
推奨したばかりですけど。
でも、俺は…………。
「秋山先輩! あたしの作ったシンデレラのドレスを着てください!」
「…………絶対やだ」
でも、俺は。
嫌なものは嫌と言う主義なのです。
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