ブルークローバーのせい
~ 十二月六日(金) 千キロ ~
ブルークローバーの花言葉 約束
「指輪がないの」
「ええ。どこにも無いですね」
「もっとちゃんと探すの。こっちかな……」
「いいから君は、明日の試験の準備しなさいな」
「明日んとこは、そんなに行きたくないの」
「ダメですって。このままじゃほんとに全滅しますよ?」
学校から帰るなり。
勝手に部屋に飛び込んできて。
着換え中だった俺の腕を引いて。
今更思い出した、指輪探しにつき合わせる迷惑女。
こいつの名前は
「ああもう、ブルークローバーが心配ですので。しっかり花瓶へ移しなさいな」
「見つかってからなの」
「おい」
「あら。だったら今すぐ道久君が指輪を買ってきたらしおらせずに済むんじゃない?」
「おい」
俺と同様に。
おばさんも捜索に駆り出され。
そして開始五分で。
穂咲とおはじき遊びなど始めて邪魔をしたのですが。
「役立たずなうえに、なんてことを言い出しますか」
「ねえ、ほっちゃん。道久君が指輪買ってくれるって」
「買いませんよ」
「……そういうことなら、ティファニーのハートシェイプってやつでいいの」
「意地でも見つけ出すのです」
なんです? その高そうなものは。
しかし見つけ出すとは言ったものの。
おじさんの思い出の品を突っ込んである一階の和室。
あらかた探し終えたのです。
「他の部屋じゃない?」
「多分ここだと思うの」
「もう一回聞くけど、どんな箱?」
「もう一回説明するけど、たぶん、箱の中」
ああもう。
何度聞いてもそればっかり。
おかげで箱という箱を。
片っ端から開いたので。
和室がぐちゃぐちゃですよ。
「穂咲が指輪なんか自分で買うはずありませんし。ここにあるとは思うのですが」
「こうなったら見つからない方がいいわね。良かったわね、ほっちゃん」
「……なんで?」
「だって、道久君が指輪買ってくれるって約束してくれたじゃない」
「してませんけど!?」
冗談じゃない。
それに、ティファニーの何て言いましたっけ?
そんな高そうなもの買えるわけないじゃないですか。
……あと、初めて知りましたけど。
ティファニーって、ご飯やさんじゃないんだ。
キッチンのテーブルから。
俺をにやにやと見つめるおばさん。
お店も閉めずに。
随分のんびりとしてますが。
真面目に探すかお仕事をしなさいな。
そんなことだから通販なんかでお金稼ぎしなくちゃならないのです。
……はっ。
「まさか、高い指輪を買わせといてそれを売る気じゃ……」
「ばかね。道久君が生涯稼ぐ給料の方が上に決まってるでしょうに」
「何を狙ってるの!? じゃなくて、指輪なんかあげないので!」
ああもう!
このままでは強制的に婚約させられて。
給料を全部姑さんに搾り取られます!
うまいこと、他の話にすり替えないと。
そんなことを考えながら部屋を見渡すと。
木箱を一つ見つけたのです。
「あれ? これ、ひょっとして……。いや、違いました」
「道久君のオルゴール? こんなとこにあるわけ無いの」
「ですよねえ」
「きっと今頃、南の島でバカンス中なの」
「なわけあるかい」
バカンス中という訳はありませんが。
でも、家中探したのに見つからないので。
「やっぱりまーくんに引き取られたのでしょうかね」
「なんで道久君のがパパの部屋にあったの?」
「俺の部屋から何でも盗み出す泥棒と、おじさんの部屋へ何でも押し込む乱暴者、二人の仕業なのです」
「そんな悪人、こんな田舎にいるわけ無いの」
ところがどっこい。
こんな田舎にもいるのです。
でも、どういう訳か。
その悪党、君だけには探し出せないのですよ。
さて、いよいよオルゴールは諦めるとして。
穂咲の指輪とやらは。
どこへ行ったのでしょうねえ。
ひとまず、もう遅いですし。
今日は部屋を片付けて。
また後日探しましょう。
俺が部屋中に散らばった品々を整理して。
押し入れに戻す準備をし始めると。
おばさんは、お茶をすすりながら。
楽しそうに言うのです。
「しかし、年中何かを探してるわね、あんたたち」
「それもこれも、穂咲がなんでもかんでも忘れるせいなのです」
「自分の事を棚に上げて、失礼な道久君なの。道久君が、あたしが忘れたことを覚えてないせいなの」
「やっぱり百パー穂咲のせいじゃないですか。棚から降りますので、ちょっとどいて下さい」
「そうはさせないの。全部道久君のせいなの。床にまきびし撒いておくの」
「ええい、意地でも棚から降ろさない気ですね?」
そんなバカバカしいやり取りを。
笑いながら聞いていたおばさんが。
急に、手をポンと叩いて。
俺の作業を止めたのです。
「どうしました?」
「そう言えば、アレ、どこにしまったかな……」
「親子そろって何なのです?」
そして、ほとんどからっぽの押し入れに頭を突っ込んで。
なにやら探し始めたのですけど。
語尾をなのにしたら。
穂咲と寸分たがいませんよ?
「えっと……。ねえ、道久君。あれ、どこにしまったっけ?」
「そのままでは返事をしづらいので。語尾を変えてください」
「道久君。あれ、どこにしまったっけなの?」
「律義にありがとうございます。おかげで、そんなの分かるわけねーだろと返事が出来るのです」
ああもう。
親子そろってなんなのです?
保存したことの無いデータを。
サルベージしろと言われても。
そして捜索の音が荒くなり始めて。
次には押し入れから床になんでもかんでも放り出し始めたのですが。
「ちょっと! さすが親子なのです!」
「あたしは必要のないものを自分の部屋にばらまいたりしないの」
「ええ、お向かいの部屋にばらまくからですよね?」
「そんなことしないの」
「どの口が言いますか。……まあ、それはいいから手伝いなさい」
俺が、投げ捨てられた品を整理しながら積み上げると。
穂咲がそれらを抱えてよたよたとリビングへ向かいます。
「は? ちょっと、それをどこに持ってく気?」
「……パパの部屋」
「舌の根も乾かぬうちに! ああもう、君は手を出さなくていいのです!」
このままでは。
藍川家にあるものが全部販売サイトに並ぶことになってしまうのです。
俺は呆れながら穂咲から荷物を奪い取ったのですが。
「ないっ!!!」
急におばさんが上げた大声のせいで。
それらを落っことしてしまいました。
……穂咲の足の上に。
「痛いの! 足の甲だけダイエットしちゃうの!」
「しばらくしたら赤く腫れてリバウンドなのです。それよりおばさん、どうしました?」
「どこにもないっ!!!」
「酷い道久君なの! 廊下に立ってると良いの!」
「ええい、ちょっと黙ってなさいな君は」
「ほっちゃん! 家中全部ひっくり返して探すわよ!」
「ちょっと待つの。道久君を廊下に捨ててきた後にするの」
「ああもう、腕を引っ張りなさんな。それよりおばさん、探し物って?」
膨れた穂咲に腕を引かれる俺に。
泣きそうな顔で振り向いたおばさんが。
ずかずかと近付いてきて。
両肩をがしっと掴むのです。
「ない!!! 道久君も探すの手伝って!」
「だから、何を探しているのです?」
「オルゴールよ!」
……ん?
予想だにしない返事を聞いて。
俺は、しばらく呆然とすることになりました。
そして気付いてみれば。
廊下に立たされていたのでした。
「……穂咲先生。もう教室に戻ってもいいですか?」
「お昼休みまで立ってるの」
あのね、先生。
次のお昼休み。
三日後なのです。
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