お茶のせい
~ 十一月二十九日(金) 百キロ ~
お茶の花言葉 追憶
約束通り。
いったん家に帰って、埃まみれになっても平気な服に着替えた俺は。
家を出るなり。
制服のままのこいつに出迎えられました。
「何か忘れてる気がするの」
「それを俺に聞きますか」
俺のことを携帯のメモ帳だと勘違いしている女の子。
こいつの名前は
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、五列並んだ茶畑風にセットして。
そこに美しいお茶の花を咲かせているのですが。
時期柄ということもあり。
ブッシュドノエルにも見えますね。
「俺のオルゴールを探しているのです。今日は君の部屋を捜索すると約束したはずです」
「あるわけ無いの」
「……ぶっちゃけ、俺もそう思うのです。でも、自分の部屋は隅から隅まで探してしまいましたので」
「それじゃなくて、何か忘れてる気がするの」
「ですから。それを俺に聞きますか」
穂咲はぼけっと口を開いて。
何もない空を見上げているのですが。
長年一緒にいるのでよく分かります。
そのポーズは、何かを思い出そうとしているのではなく。
俺が代わりに思い出すまで。
ここから一歩も動きませんのポーズなのです。
「やれやれ……。君が忘れていそうなことと言えば、明後日がテストだということでしょうか?」
「そんなの忘れるわけ無いの」
「じゃあ、俺がその次の週にテストってこと?」
「それも覚えてるの。あたしもテストだし」
「二週続けて?」
指を二本立てて。
ちょきちょきとカニさんにしながら。
そうなのと頷く穂咲さん。
「あたし、道久君と同じ日のテストんとこ行きたいの」
「再来週の試験の学校に行きたいのですね? では、頑張らないと」
「そうなんだけど……、何か忘れてる気がするの」
「まだ言いますか」
「道久君が」
「俺が!? まさか。君じゃあるまいし」
バカなことを言い出す穂咲の手を引いて。
お隣りさんへお店の側からお邪魔して。
靴を脱いで廊下へ上がり。
にっこにこ顔で二階を指し示すおばさんを見て。
はたと思い出しました。
「……あ。言うのを忘れていたのです」
この笑顔。
ガラクタは既に引き取られたという証拠。
もしも穂咲の部屋に俺のオルゴールがあったなら。
既にまーくんの手に渡っているという事なのです。
まさか。
ほんとに俺が忘れていようとは。
これでは探し物の意味はありません。
――でも。
まあいいか。
そもそも穂咲の所に来ている可能性、低かったですし。
部屋の掃除でもしたときに捨てたのでしょう。
大事な品でもありませんし。
どなたから頂いた物かもわかりませんし。
気にすることないか。
「……じゃあ、帰るか」
「何でよ道久君! なけなしのお金はたいて買ったお部屋用のフレグランスが無駄になるから入って!?」
「その手に持っているスプレーの効能に、公序良俗に反する内容が書かれているので帰ります」
「ちっ! 何て目ざとい……!」
いまさら背中に隠したところで手遅れです。
「ママ。それじゃあ、おばさんが買って来たパンツ履き替えていい? これ、チクチクのスースーで嫌なの。毛糸のがいい」
「こら! そこで引き留めないでどうすんのアンタは!」
「ほんとどうしようもないので帰ります」
ああもう。
つきあってらんない。
俺はお店に脱いだ靴を履いて。
つま先をトントン蹴っていると。
「そうだ、道久君。明後日の試験会場、どうやって行ったらいいか教えて?」
「よし! ほっちゃん、ナイスパス!」
そんなことを言われたので。
振り返りもせず答えます。
「おばさんから教えてもらいなさいな」
「だって、ママもそこそこ方向音痴なの」
「なんて見事なセンタリング!」
「はあ……。それじゃ教えてあげますから、パンツ履き替えてきなさい」
「合点なの」
「そしてまさかのオウンゴール!」
ああうるさい。
妙なスプレーボトルで床をどんどん叩きなさんな。
「おばさん、リビング借りますね」
「待って! せめて階段を上るほっちゃんをローアングルから見上げなさい!」
「うるさい」
「チクチクのスースーよ!?」
「黙りなさい」
無視無視。
俺は、泣いてすがるおばさんを引きずりながらリビングへ入ると。
「わはははは! 道久はほんとヘタレさね!」
「……お前も黙れ」
予想外の人物に迎えられました。
「はあ……。道久君のせいで、折角の計画が全部パーよ!」
「おばさんがパーなのです」
「まったくさね! こんだけお膳立てしてやってんのにおかしな子だよ!」
「あんたの方がおかしな母上なのです」
ふてくされてこたつに潜るおばさんの分と合わせて。
お茶を三杯淹れながら。
俺はガラクタの事を聞いてみました。
「まーくん、車で取りに来たのですか?」
「本人じゃないけどね。部下だかなんだか、スーツの人がお昼くらいにバンで来たんだけど」
「なんであたしまで荷物運び手伝わされなきゃならないんさね」
「助かったわ。お夕飯、御馳走するから」
「お? 催促したみたいでわりいね!」
そして自前の一斗缶を開けて。
せんべいをかじり出して。
テレビをつけて。
横になって。
完全に根を張った母ちゃんは。
ご馳走になる気満々なのですが。
「おやめなさい、母ちゃん。唯一の仕事をサボっちゃダメなのです」
「わははははは! 動かせるもんなら動かしてみな!」
確かに。
これを動かすにはフォークリフトが必要なのです。
「……唯一の仕事?」
「あれ? ご存知なかったのですか? 小さな頃から、掃除洗濯洗い物は俺の仕事と言って押し付けてきたのです」
「それでほっちゃんより上手いのね。だめよほっちゃんのお仕事取っちゃ」
「あたしの仕事なら全部やっといて欲しいの。働いたら負けだと思ってるの」
なんてタイミング。
穂咲がよれよれのジャージの上に。
だぼだぼのセーターを羽織った姿で現れました。
「ほっちゃん、セーターの使用方法間違ってる! それじゃちらっちらしないでしょうに!」
「取説は付いてなかったの」
「君はそんなの付いてても読まないでしょうに。それにしても働かないって、目玉焼き屋はどうすんのさ」
「それは楽しくてやるだけだからいいの」
なるほど。
そいつは納得なのです。
「……君にとっては、お仕事もままごとの延長のような物なのですね」
「それでお金がもらえるなんてウハウハなの」
「わはははは! 良いじゃないさそれで!」
「それはどうなのよ。客商売舐めちゃダメよ?」
穂咲が押し付けて来た受験案内を見ながら。
こたつに足を突っ込むと。
母ちゃんとおばさんが。
昔話など始めました。
「そうそう! あれさね! おままごとって言ったら!」
「ああ、あれね」
「あれってなんなの?」
ええと、まずは地図に赤ペンで矢印を書いて。
携帯と照らし合わせて、曲がり角までの歩数を書き込んで……。
「穂咲ちゃん、泥団子をパパさんに食べさせたことあったんさ!」
「可愛らしいことするの。昔のあたし」
「まあ、そこまでは普通な光景だったんだけどね?」
「でもさ! そこで普通じゃないことやらかして……」
ここまでが百メートルだから百六十歩。
この辺りでコンビニを見つけたら、右へ曲がりなさい、と。
「ほっちゃん、パパが手に隠したお団子を見つけて、食べてくれないって泣いちゃったのよ」
「拷問さね!」
「ひどいことするの。昔のあたし」
「わはははは! でもその後がけっさく!」
次の横断歩道を渡ったところで左を向いて。
もう一個横断歩道を渡ったら右を向いて前進。
八十歩歩いたら、左を向いて学校の看板を探す、と。
ええと、他に書き足すところは……。
「穂咲ちゃん、覚えてないさね?」
「まったく」
「あんた道久君の口にお団子詰め込んだのよ?」
「うおえええええええっ!!!」
「……メシハラなの」
「ぺっ! ぺっ! 何てことするのです!?」
「あたしじゃないの。覚えてないから」
「悪い大人みたいな言い訳しない!」
ああもう!
ただの昔話なのに。
口の中がじゃりじゃりです!
思わず条件反射と言いますか。
舌を出して、うええと唸ってしまったのですが。
「ああ、違うのよ道久君」
「何が違うのです?」
「リアクションが」
「は?」
「あんたその団子、美味しそうに飲み込んじまったんさ」
「ぐええええええええっ!!!」
なんてひどい!
おじさんの慌てふためく様子が目に浮かぶのです。
「……その頃から、あたしの作った物は余さず食べてくれてたの?」
「そういうこっちゃないでしょうに! それに、中学の時に作ったアレは残しましたし!」
「なんかあったっけ?」
「骨にひびがいった時、殻ごと生卵を丸呑みさせようとしたじゃありませんか!」
「あたしじゃないの。覚えてないから」
「穂咲以外にそんなことする人いません!」
「あたしじゃないの」
いつになく真剣な顔をしていますけど。
あれ?
ほんとに違うのですか?
ではあれは。
誰にやられたのでしょう?
「あたしがあげたのは生じゃなくて、フライパンで焼いたやつ」
「やっぱり穂咲じゃないですか!!!」
「ほっちゃんはめちゃくちゃするわね……。ああ、そうだ。お詫びにいいものあげるわ」
おばさんは穂咲を軽く小突いた後。
もぞもぞとこたつから箱を取り出しました。
「ああ、それ。足が当たって気になっていたのですが」
「これ、おじさんの部屋にあったんだけどね? さすがに持っていくわけにいかないって言われちゃったのよ」
なんでもかんでもノーチェックで運ぶ中。
持っていくわけにいかないと言われた品。
よっぽど大切な品なのでしょうか。
それを、俺にくれるというのですか?
さすがにちょっぴり居住まいを正して。
殊勝な心地で箱を見つめる中。
おばさんが、ゆっくりと蓋を持ち上げて。
目に飛び込んできたその品は。
「……まあ、そりゃあ持っていけないって言いますわな」
紺色に二つの白いライン。
中学時代の。
穂咲のセーラー服なのでした。
確かにこれ。
おじさんの部屋に転がってましたけど。
「ばかなの?」
「遠慮しないで!」
「どうしろと?」
「顔写真も付けるから!」
俺は再び箱に蓋をして。
穂咲の部屋へ投げ込んだのでした。
「ぶほっ!? フレグランス、かけすぎ!!!」
換気もしておきました。
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