ダイヤモンドリリーのせい


 ~ 十一月二十八日(木)

         十二キロ ~


 ダイヤモンドリリーの花言葉

           箱入り娘



 昨日から現在に至るまで。

 もう、瑞希ちゃんに付きっ切り。


 お昼休みもこうして無理やり。

 俺たちのクラスへ連れて来たこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を宝石箱の形に結って。

 そこにダイヤモンドリリーを活けているのですが。


 今は空気を読んで言いませんけど。

 RPGで宝箱を開けようとしたら。

 床から出て来たトラップモンスターみたいなのです。



 さて、今は瑞希ちゃんにとって大事な時期。

 六本木君に見つかるわけにいきません。


 あいつにバレたら大騒ぎ。

 自分の受験そっちのけで暴れるに決まっています。


 ですので俺たちは渡さんだけに事情を話して。

 このお昼休み、六本木君を屋上ランチに連れ出してもらいました。


「渡さんも慰めてあげたかったと言っていたのです」

「うう……。香澄お姉ちゃん……」


 一日二日で回復するはずもなく。

 今日もしょんぼりムードの瑞希ちゃん。


 どう元気づけたらいいのやら。

 悩む俺は、極めて平均的だと知りました。


「みんなも慰め方が下手くそなのです」


 事情を知ったうちのクラスの連中を。

 包み隠さず表現するならば。

 気は優しいけど程度を知らないバカ。


 スイーツやらマスコット人形やら。

 なにやらプレゼントが山のように積み上げられているのですけれど。


 しかも、それらを持ち帰ることができるようにと。

 あの中野君が気をきかせてでかい段ボールを置いて行ったのですが。


 顔と声が怖いから言いませんが。

 ほんとにバカ丸出しなのです。


 そして教授からは。

 こんなプレゼント。


「さあ! 次の恋が見つかるまでの期間限定! この時期しか食べられないこいつを食べるのだよ!」

「教授。何が限定なのです? 普通の料理に見えますが?」


 昨日とは打って変わって。

 君の慰め方もへたっぴな感じがするのです。


 だって教授がフライパンからよそるそのパスタ。

 どこでも見かけるメニューですよね。


 でも、この人。

 大真面目に反論して来るのです。


「バカを言ってはいけない! こいつは女子の敵であり大好物!」

「敵?」

「そう! ペペロンチーノなのだよ!」


 ふむ。

 どういうことでしょう。


「ええと、ニンニク臭くなるから恋愛期間中は食べれないって事なのですか?」

「ロード君! 正解!」

「おお、なるほど」

「ゴールインしちまえばこっちのもんなのでそれ以降は解禁!」

「みなまで聞きたくありませんでした。オチが酷いのです」


 なんというネタバレ。

 それって一般論?


 それにニンニクの臭いなんて。

 考えすぎな気もしますけど。


 でも、女性は毎日お化粧する生活をなさってますものね。

 意識が男子とは違うものなのでしょう。


 毎朝、鏡を五秒くらいしか見ない俺は口をつぐみ。

 目玉焼きの乗ったペペロンチーノを前に。

 黙って両手を合わせたのでした。


「それにしてもなの。瑞希ちゃん、男子運無いの」

「それはホントに……。彼氏、できたこと無いし」

「瑞希、アクティブそうに見えて、意外と箱入りですからね……」


 瑞希ちゃんと一緒についてきた葉月ちゃん。

 上品にパスタを口にしながらの。

 なかなか的を射たご意見。


 あのアニキを見て育ったら。

 下手な男性では恋の対象にならないことでしょう。


 そして瑞希ちゃんを気に入った男子の側も。

 六本木君を見たら、声をかけても無駄だと感じてしまい。


 結果、箱入り娘になってしまうのも道理なのです。



 ……授業そっちのけで。

 ずっと瑞希ちゃんと話をしてくれた教授のおかげで。


 こんな感じの会話ができる程度には。

 回復した瑞希ちゃん。


「……美味しいです、藍川センパイ」

「でも、食べ過ぎちゃいけないの。千歳ちゃんがくれた絶品プリンの分は余力を残しとくの」

「えへへ。はい、そうしますね」


 優しい先輩。

 可愛い後輩。


 素敵な二人の関係性を。

 微笑ましく感じる反面。

 劣等感を抱く俺ですが。


 情けない男。

 頼りにならない先輩。


 でも、そんな俺でも。

 何か協力できることがあれば。

 進んで手を貸してあげよう。


 胸の奥の方に宿った。

 かすかな気持ち。


 ……そんななけなしの勇気を。

 こいつは木っ端みじんに打ち砕くのです。


「道久君と違って、デリカシーのある人がおすすめなの」

「おいこら」


 大人な男子なら。

 そうだよねと言うべきだったでしょうか。


 思わず突っ込んだ俺に遠慮してか。

 瑞希ちゃんは、首を左右に振るのです。


「もう、そんなだから道久君はデリカシー無いの。瑞希ちゃんが気を使っちゃってるの」

「う。ごめん」

「いえいえ、違うんです! ほんとにそういうんじゃなくて……」


 昨日に続き。

 今日も失敗だ。


 もっと落ち着き払って。

 大人な対応をしないといけませんね。


「じゃあ道久君と違って、頭のいい人がいいの」

「こら」


 あ、いかん。


 瑞希ちゃんは再び。

 首を左右に振ります。


 もうほんとに。

 失敗しないようにしないと。


「道久君と違ってスポーツが出来て、道久君と違ってイケメンな人がいいの」

「スポーツはそこそこできるでしょうに! 特に立っているのは得意……、あ」


 ああもう!

 俺のバカ!


「……やっぱ、ダメ久君なの」

「これについては教授のせいでもあるのです!」


 普段の癖は。

 どこででも出る。


 そんな言葉を思い出しているうちに。

 教授が何とかフォローしようとしてくれたのですが。


 その一言が。

 まさか大パニックを生み出すことになろうとは。


「困った瑞希ちゃんなの。そんな瑞希ちゃんには、道久君くらいしか残ってないの」

「……じゃあ、センパイ貰ってもいいですか?」

「は?」

「へ?」

「なの?」


 水を打ったように鎮まるダイニング。

 なに言ってるの瑞希ちゃん。

 そんなことしたら六本木君に殺されます。


 いや、その前に。

 この場で殺されてしまうのです。


「てめえ道久!」

「こんな可愛い子に言われて、なんだその返事は!」

「瑞希ちゃんが傷心してるとこに付け込んで……!」

「信じらんない!」

「ちょおっ!? じゃあ、今のはどんなリアクションが正解なの!?」


 一瞬で大騒ぎになったクラスの皆さんが。

 俺の叫びを聞くなり。

 同時に顔を背けたのですけど。


 こらお前ら。

 上手い答えも思いつかずに俺を責めるのではありませんよ。


 これも皆さんの。

 日ごろの癖なのか。


 そう思いつつ。

 ため息をつきながら正面を向けば。


「……なんなの?」


 教授と葉月ちゃんが。

 わたわたとタコ踊りしていました。


「瑞希ちゃん、ちょ、あの、えっと」

「それは、何と言うか、売約済み?」

「何しているのです? 二人とも、瑞希ちゃんの冗談に慌て過ぎなのです。ねえ?」

「は、はい。すいません、冗談が過ぎました」


 瑞希ちゃんが。

 てへっと、いつものような表情を浮かべると。


 教授の踊りは止まったのですが。

 なにやら酷いことを言い出すのです。


「そ、そうなの。道久君はやめとくの。箱入り息子だから世間知らずなの」

「君の方が箱入りじゃないですか。恋愛のレの字も知らないくせに」


 ……あれ?

 俺、なにか変なこと言いました?


 売り言葉に買い言葉。

 いつもの会話だと思うのですが。


 せっかく踊りをやめたタコさんが。

 あっという間に真っ赤に茹で上がって。


 今にもスミを吐き出しそうなくらい頬を膨らませていますけど。


 そして瑞希ちゃんと葉月ちゃんは。

 タコさんの肩に手を添えながら。

 俺に半目を向けるのです。


「あちゃあ、センパイ……」

「そ、それを先輩が言いますか……」

「え? 何のこと?」


 ほんとに分からず首をひねる俺の周りに。

 タコさんを筆頭に、クラスの有志十人程が寄って来ると。


「瑞希ちゃん。熨斗つけてあげるの」


 俺は強引に。

 中野君が持って来た段ボールに詰められて。


 瑞希ちゃんにプレゼントされました。



 ……変なことを言うようですが。

 ガムテープでここまでぐるぐる巻きにされると。


 反省しようにも。

 さすがに立てないのです。

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