キクのせい


 ~ 十一月二十七日(水)

      三百二十メートル ~


 キクの花言葉 破れた恋



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その休憩室。


 夕飯時のちょっと前。

 お店が込み合う手前の休憩時間。


「どうして俺たちを呼び出したりなんかしたのです?」

「す……、すいません! お二人と、楽しくお話などしたいなと思いまして……」


 明らかな苦笑い。

 明らかに挙動不審。


 そんな葉月ちゃんのお隣りには。

 いつもの明るさはどこへやら。

 暗い顔をした瑞希ちゃんが腰かけているのですが。


 まあ、事情を察するに。

 元気のない瑞希ちゃんを励ますために。


 葉月ちゃんが、俺たちを頼ったという事なのでしょう。


 ――先輩として。

 頼られることはやぶさかではないので。


 喜んで協力したいところなのですが。


 事情をこっそりメールでもしてくれたら。

 励まし方も容易に分かるのに。


 ただお店に来て欲しいでは。

 どうしたら良いのかいまいち分かりません。


 とは言え。


「そういうことなら大歓迎なのです。お話したいこと、山ほどあるので」

「ほんとなの。ところで道久君、作詞できた?」


 事情を察することもなく。

 俺と会話を始めたこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をつむじの辺りでお団子にして。

 そこに大輪のキクを一本挿していますが。


 ぱっと見。

 ダーツの的みたいに見えますね。


「俺はいいから、瑞希ちゃんとお話しなさいな」

「瑞希ちゃん、元気ないの。こういう時は、周りで騒いであげるの。無理やり会話させようなんて、そんなだから道久君はデリカシー無いの」


 うぐ。

 おっしゃる通りなので。

 ぐうの音も出ません。


 では、瑞希ちゃんが会話に混ざりたくなるほど。

 楽しくおしゃべりしましょうか。


 とは言え。

 何を話せばいいのでしょう?


「ええと……、は、葉月ちゃん、元気?」

「道久君。びっくりするほど会話センス無いの」

「あはは……」


 葉月ちゃんに笑われてしまいました。


 我ながら情けない。

 しょんぼりしながら俯いてみれば。


「あ、秋山先輩。先ほど藍川先輩が話していた、作詞って何のことです?」

「なんと優しい心遣い。俺は穂咲のネタ提供と、葉月ちゃんの優しさによって立ち直ることが出来そうなのです」


 そんな言葉に。

 瑞希ちゃんもようやく顔を上げて。

 くすりと笑ってくれたのですが。


「道久君、ラブソング作ってるの」


 穂咲がおかしなことを口走った瞬間。

 葉月ちゃんと同時に。

 顔を強張らせてしまったのです。


「ちょっと穂咲。いつそんな話になりました?」

「……今?」

「おい」

「あのメロディーならラブソング間違いなしなの」

「俺にそんなもの書けるはず無いでしょうに。御覧なさい、あまりにも似合わな過ぎて、お二人がドン引きしているのです」


 葉月ちゃんも瑞希ちゃんも。

 二人して、俯いて。

 視線を泳がせているのですが。


 俺にラブソングって。

 そこまで似合いません?


「……どうしてもラブソングなのですか?」

「なの」

「はあ……。どうやら無茶な依頼に化けたようなのです。お二人ともラブソングを書くのに協力してくれませんか?」


 そして話題の提供のつもりで。

 後輩コンビに話を振ってみたのですが。


「い、いえ! できませんので! 他のお話をしませんか!」


 うわ、びっくり。

 葉月ちゃんの大きな声、久しぶりに聞いた気がします。


「あれ? お二人ともモテるでしょうに。恋バナ的なもの、苦手ですか?」

「で、ですから……」

「そう言えば彼氏とかいないのでしたっけ?」

「えっと、先輩……」

「ああ、瑞希ちゃんの場合お兄さんがイケメンだから目が肥えていて、お相手が見つからないとか……、うおっ!?」


 急に顔を上げた瑞希ちゃん。

 捨てられた子犬のような目で俺を見て。

 目の幅で、だばーと涙を流し始めてしまいました。


「うええええ。センパイぃ……」

「こ、これ! もしかして俺……」


 踏んだ?

 ドンピシャで?


 穂咲の顔を見つめれば。

 ため息から肩をすくめられ。


 葉月ちゃんを見れば。

 眉をこれでもかと八の字にさせて。


「……瑞希、フラれちゃったんです」


 のおおおおおおお!!!


 こ、これは。

 とんでもないことをしてしまいました。


「うえええええ……」

「み、瑞希ちゃん落ち着いて?」

「別に落ち着くこと無いの」

「うおいおまえっ!?」

「失恋しちゃったときは思いっきり泣く方がいいの。どんなお相手だったの?」


 ピンポイントで傷口をえぐるような真似をして。

 オロオロとする俺をよそに。


 穂咲は落ち着いて。

 優しい声音で慰めますが。


 なんて先輩らしいのでしょう。


 そして俺は。

 なんて情けないのでしょう。


「ええと……、最初に瑞希が付き合って欲しいって言われたんだよね?」


 葉月ちゃんが声をかけると。

 瑞希ちゃんは、子供のように首を縦にコクリと倒します。


「それで一ヶ月くらい? ずっと悩んでいたのですが、ようやく意を決してOKしたら、他に彼女が出来たって言われて……」

「ええええええ!?」

「酷い男なの」

「うええええええ…………」


 そして再び瑞希ちゃんが泣き出すと。

 穂咲は葉月ちゃんに。

 その男性について質問を続けます。


 聞けば聞くほど。

 俺は怒りしか湧いてこなかったのですが。


 でも、穂咲は。

 時にその男を褒めたり。

 擁護したりするので。


 さすがに目を丸くさせてしまいました。


「ちょ……」

「さすがは藍川先輩。お優しいですね」

「ええっ!?」


 葉月ちゃんの言葉に。

 思わず声を上げた俺は。


 その直後に。

 ようやく気付くことが出来ました。


 瑞希ちゃんが、一度は。

 付き合おうと決めたお相手なのです。


 その選択を否定せず。

 でも、すっぱり諦めさせるよう。


 実に前向きで。

 実に優しい対応なのです。



 ……困りました。

 こうなると、俺はただの役立たず。


 どうしたら良いのか困っていたら。

 渡りに船。


 扉越しに。

 がなり声が響いてきたのです。


「こら、みずはずコンビ! 休憩時間とっくに終わってんだろ! さっさと出て来い!」


 俺はこの場から。

 逃げ出す口実に飛びつくと。


 シフト表の横の棚から。

 瑞希ちゃんと葉月ちゃんのネームプレートを取り出して、胸に付けました。


「あ、秋山先輩?」

「お任せください。俺が二人分働いてきますので!」


 後輩たちは。

 困った顔で、感謝の瞳で。

 俺を見上げるのですが。


 勘違いしないでいただきたい。


 俺が逃げ出したいだけなのです。


「待つの」


 そんな俺の足を強引に止めたのは。

 穂咲の真剣な表情。


「な……、なんです?」


 またなにか間違ったことをしたでしょうか。

 恋バナどころか。

 失恋話なんて門外漢の俺が戦々恐々としていると。


 穂咲は髪からキクを抜いて。

 俺の頭にセロテープで張り付けたのでした。


「……これは?」

「今月厳しいの。あたしの分も働いてくるの」


 おかしいだろ。

 そう突っ込むのも正しいのか間違いなのか判断できず。


 もはや言われるがままになった俺は。

 カンナさんに命じられる三人分の指示を。

 我ながら信じがたい速度ですべてこなしたのでした。




「…………大丈夫? 道久君」

「は、晴花さん。心配している暇があったら、レジ以外の仕事も手伝うのです」

「それは無理」


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