グラジオラスのせい


 ~ 十一月二十六日(火)

      十五メートル ~


 グラジオラスの花言葉

        思い出/忘却



 女子高校生の部屋。

 この言葉を聞いて。

 皆さんは、どのような事を想像するのでしょうか。


 柔らかな素材。

 淡いピンクの色彩。

 甘い香り。

 レースにフリル。


 本日は皆様に。

 そんな夢の世界をお見せいたしましょう。



 ~🌹~🌹~🌹~



「きったない!」

「ねえ、ママ」

「きったない!」

「金曜、道久君が来るの」

「何度も言われなくても分かってるわよ! 手伝うから、とっとと掃除なさい!」

「もう無理なの」

「は?」


 そんなお部屋の主は。

 編み込みにしたゆるふわロング髪にグラジオラスを活けた少女は。


 扉の向こう、廊下を挟んだ先を指差します。


「無理って、どうしてよ」

「だってパパの部屋、ぱんぱん」

「あんたにとっての掃除の意味ね」


 肩を落としたお母さん。

 これ以上なくうな垂れたのに。


 パパの部屋の扉を開いて。

 廊下まで雪崩れて来たガラクタを見ると。

 さらに首をぐったりと下げました。


「……ほっちゃん」

「へい」

「パパの部屋にある物! 全部まーくんにネットで売ってもらうわよ!」

「いやなの」

「こういうのは思い切りが大切!」

「だって、全部思い出の品なの」


 わがままの裏に隠れた優しさの池に。

 寂しい涙が一滴。


「それに、ここにはパパの物もあるの」


 さらに強い手札を切られて。

 むむむと唸ったお母さん。


 でも、本当に思い出の品と呼べるものは。

 一階に下ろしてあるので。


 ここは涙を呑んで。

 娘の外面を取ることにいたしました。


「……これからだって、思い出増えてくわよ」

「でも……」

「心配しないで。本当の思い出は、ここにあるでしょ?」


 そう言いながら。

 娘の胸に手を添わせるお母さん。


 親子というものは。

 たったのこれだけで。


 すべて分かり合えるから不思議ですね。


「ぶっちゃけると?」

「年末に旅行とか行きたいけど、先立つものが無いのよ」


 ……すべて分かり合えるから不思議ですね。

 

「じゃあ、旅行を取るの」


 いいの!?


「それじゃ、まとめて渡しておくから。ひとまずあんたの部屋にあるガラクタ、廊下の突き当りに出すわよ!」

「じゃあ、道久君に頼まなきゃ」

「本末転倒でしょうに! ママが運び出すから、あんたは拭き掃除しなさい!」

「じゃあ、道久君に頼まなきゃ」


 おやおや、ママの肩も首も。

 人体の構造上、到底不可能な位置まで下がっているように見えますけど。


「いいから、埃ひとつなくなるまで掃除なさい!」

「でも、隅々まで綺麗になんかできないの。なんてったって、ママの娘なの」

「………………確かに」


 ……ほんと。

 すべて分かり合えるから不思議ですね。


「こうなったら、色気で迫りなさい色気で! そしたら隅の方まではチェックされないだろうから!」

「どうやるの?」

「いろいろ、ちらっちら見せるの!」

「……昨日も見せたの」

「あのクマじゃダメ!」

「なんで知ってるの?」

「ご近所おばさんネットワーク舐めるな! ピンクのフリッフリのやつあるでしょ! あれはいて、その短いスカートで振り向いてごらんなさい!」

「こう?」

「もっと素早く! ……違う! 広がり過ぎ! パンもろなんて逆に萎える!」


 お掃除なんかそっちのけ。

 なにやらおかしな特訓が始まりましたが。


 でも。


「ちらっちら加減、難しいの」

「いい!? ちらっちらを極める者が世界を制す! ママも手伝うから、今からだぼっだぼのセーター編むわよ!」

「なんで?」

「上からも下からもちらっちら作戦よ!」

「だぼっだぼのちらっちらなの?」

「そう! ほら、編み棒持ってきなさい!」


 でも。

 ……静かな田舎の、開けっ放しの窓同士。


 いつもの事ながら。

 お隣りさんへは筒抜けなのでした。



 ~🌹~🌹~🌹~



「だってさ、道久」


 日課である洗い物をしながら。

 お隣りのバカ騒ぎに頭を抱えていましたけど。


 まったく。

 呆れた親子なのです。


「穂咲の部屋がぐちゃぐちゃなのを見ても今更驚かないのです。それより探し物があるので、売りさばくのは待ってもらわないといけません」


 布巾で食器を拭いて。

 水切りへ立てながら。


 食後のおせんべいとお茶を楽しんでいた。

 母ちゃんへ返事をすると。


「そっちじゃないさね! ちらっちらだってさ!」

「全部聞こえていたら無意味だとおばさんに教えといてください」

「おや? じゃあ、聞こえてなかったら効果あるってことかい?」


 う。

 しまった。


「全然違いますので、にやにやばりぼりしながら上げ足取らないで下さい」

「わははははは! 実はどっきどきしてんじゃないのかい?」

「してませんので大声上げないで下さいよ。お隣りにまるきり聞こえますから」

「でも、穂咲ちゃんのちらっちらだよ? 興味ないんさね?」

「萎えっ萎えなのです」


 ええい。

 がっはがはうるさいのです。


「そんなこと言っちゃって! 実はむっつりむっつりだったのかい?」

「無視っ無視なのです」

「はあ……。へたれっへたれだねぇあんたは」

「だまれっだまれなのです」


 俺は最後の皿を拭き終えるなり。

 急いで台所を飛び出しました。



 こんな場所にいたら。

 良いお茶うけとばかりに。


 がりっがりになるまでいじられてしまうのです。



 ……決して。

 照れっ照れになっているわけではありません。

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