第39話 忘れてしまえばいいよ
「華奈さん。ある程度処理は終わりました」
「楽太郎、お疲れ様。これから先はあたし達じゃどうしようも無い。帰るよ」
あの後、あたしが読んだブルージェイルのメンバーが来て、色々とやってくれている。
連続強姦魔、『葉山 茂』を追っていて、奇しくもこんな時に出会すとは。
この家はずっと張っていたけど、葉山は家を忘れたかのように、ここには寄り付くこともなかった。
被害者の話では、言葉も真面に話せていなく、知能に障害でもありそうだったという話だけど、少し前までの葉山を調べてみると、普通の男である事は間違いなかった。普通に仕事をして、普通に家庭を持っていた。最近になり、仕事にも行っていなくて、家にも帰っていないのは分かった。
おかしな事に、妻はその夫の記憶が無さそうだったし、子供がいたかどうかすら分かっていなかった。
お手上げ状態だったけど、こんな事になるとは。
帰る前に、娘を抱きしめている母親に話しかけた。
「あの男は捕まる。こっちで処理しといていいかい?」
「捕まるって、ゆかりちゃんの事で、ですか?」
「いや、連続強姦魔なんだよこいつは」
「…っ!宜しくお願いします」
「分かったよ。出来ることなら、名前を変えて、引越しをする事を勧めるよ」
私と母親が話している間も、娘は何処か一点を見つめ、無表情だった。
時間が…解決してくれるかもしれないね。
あれだけ心配してくれる人が、傍にいるなら。
娘と母親に、血の繋がりはない。
後で聞いたら父親の連れ子だったようだ。
それでも、娘の母親であろうとする姿勢は、伝わってきた。
葉山家とは初めて関わった訳だし、そんなに思い入れはない。可哀想だとは思うけど、それより心配なのは、ユウさんと楓だ。
あの後母親が、楓に代わり娘を抱き締めた。
楓は娘からそっと離れると、今度は倒れているユウさんに縋り着いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい…ユウさぁん…」
ポロポロと涙を流し、とても辛そうな顔で、仕切りに泣いている顔は、見ている方も辛くなるようなものだった。
一頻り泣くと、ユウさんが起きるより前に、この家を出ていった。
ユウさんはと言えば、起き上がってから、一言も話そうとしない。
「ユウさん、送って行くよ」
そう言うと、ゆっくりと立ち上がり、自分の家に帰っていった。
◇◇◇◇
私が葉山茂と結婚した理由は、彼の優しさに惹かれたから。父親一人で娘を育てている彼となら、暖かい家庭を作れると思ったから。
私に会った時、ゆかりちゃんは暗い顔をしていた。
それはそうだ。だっていきなり他人が母親だと言われても、そう簡単に打ち解ける筈がないのだから。ゆかりちゃんの事を考えながら、母親として頑張ると再婚を決めたのだから、ゆっくりと心を溶かしていけばいいと思っていた。
葉山茂はいつもゆかりちゃんの自慢をしていたし、彼の娘を語る時の優しい表情に嘘はないと思っていたから、父子の関係は良好で、その中に入ってきた私を拒絶して、暗くなっているのだと思った。
私はゆかりちゃんに話しかけたり、叱ったり、ゆっくりと愛情を注いで行った。
その甲斐もあり、ゆかりちゃんも私を認めてくれるようになった。
ゆかりちゃんの連れてきた友達に、彼との馴れ初めなんかを聞かれたりした事もあり、その子の恋愛相談にものった。すると、ゆかりちゃんにも好きな子がいる事が分かった。
それが両思いだという事も、その子から告白されている事も聞いた。
でもゆかりちゃんは頑なにお付き合いはしないと言う。「お父さんを気にしているの?」と聞くと、弱々しく笑っていたのが印象的だった。
ある日、私は見てしまった。
ゆかりちゃんの部屋で、ベッドの上に居る二人を。
覆い被さっている父親に、無抵抗なゆかりちゃん。
彼の背中越しに無表情のゆかりちゃんと目が合い、ゆかりちゃんは大きく目を見開いていた。そして、彼女は泣き叫び出す。
父親は頭を抑え、苦しそうにし、狂ったかのように暴れだした。
彼はそのまま何かを喚きながら、家を出て行った。
そんな事よりも私は、ゆかりちゃんの事が心配だった。未だ泣き叫んでいるゆかりちゃんに縋り付き、ただ謝る事しか出来なかったけれど。
暫くすると、ピタリと泣き声が止まった。
私がゆかりちゃんを見つめると、まるで何も無かったかのように、彼女は優しく微笑んでいる。
そして私に顔を寄せ、優しく言った。
「忘れてしまえばいいよ…」
頭に電流でも走ったかと思うような感覚があり、私はそこで意識を失った。
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