第37話 葉山家

 一度家に帰り、泊まりの準備を整えた。

 私がゆかりちゃんの家に戻る間に、マチちゃんがゆかりちゃんのお母さんに連絡を取ってくれて、泊まれるようになっていた。


 どうやらマチちゃんが恋愛相談をしたいからと、お願いしたようだ。


「お待たせ。もう行っても大丈夫かな?」


「はい。恋愛相談で女子会したいって言ったら、おばさん凄いはしゃいでました」


 マチちゃんがそう言うと、ゆかりちゃんは複雑な表情で俯いた。自分の家に入るのに、人の手を借りなければいけないんだから、そんな表情にもなるよ。


 マチちゃんを先頭に、ゆかりちゃんの家のチャイムを押すと、ゆかりちゃんのお母さんが出てきた。


「あら?三人もいるのね?どうぞ上がって?」


「はぁい、お邪魔します!」


 マチちゃんは言いながら、心配そうにゆかりちゃんに目を移した。

 ゆかりちゃんは、辛そうに笑っているだけだったけど、それは面と向かって知らない人だと思われるなんて辛いに決まってる。

 遠くにいるユウさんに手を挙げて、成功の合図を送ると、ユウさんも手を挙げて返してくれた。


 リビングに通された私達は、それぞれ席に着いた。


「急だったからあんまり準備出来てないけど、適当に摘んでね?」


 そこにはお菓子や、ポテトや唐揚げなんかの軽いおつまみみたいな物と、ジュースが準備されている。


 こうなるだろうと思って、私はビールを持ってきていた。


「お母さん、良かったら一緒に飲みませんか?」


 ゆかりちゃんのお母さんは、少し驚いたように私を見て、イタズラっ子をしかるような、面白いものを見るような視線を私に向けてきた。


「え?ふふっ、高校生はダメよ〜?」


「おばさん!えーっと、楓さんは先輩で、もう成人してますから、大丈夫ですよ?」


 すかさずマチちゃんがフォローを入れてくれる。

 ゆかりちゃんを見ると、俯いたままだ。


「あら、そうなの?じゃあ私も頂こうかな?」


 ゆかりちゃんのお母さんは、そう言うとビールを受け取ってくれた。

 しかし、ゆかりちゃんみたいな子がいるように見えない程若々しい人だな。


「そう言えば、楓さん、だっけ?成人って何歳なの?」


「23歳ですよ?えーっと、あれ?お名前聞いて無かったですよね?」


「彩花よ。葉山はやま彩花あやか


「じゃあ、彩花さんは、お幾つなんですか?」


「えぇ〜?私はおばさんよ?36歳だよ」


 成程、本当に若かった。

 随分早く結婚したんだなぁ。それに比べて私と来たら、未だに処女なんだけどね。


「へぇ〜、一児の母とは思えないですよね?」


「え?私は子供産んだ事ないわよ?」


 あぁ、そうでした。

 私はなんて事口走ってるんだ。

 恐る恐るゆかりちゃんに目を移すと、幸いな事にマチちゃんと話をしていて、こちらの会話は聞いていなかったようだ。

 ホッと胸を撫で下ろしながら、慌てて言い訳を探すも、良い誤魔化し方が見つからない。


「あぁ、そうですよね〜…あ、そうだ!マチちゃんに恋愛相談をした事があるって本当ですか?」


 無理矢理力技で会話のハンドルを切ってしまった為、下手をしたら大事故になる恐れもあるけど、これしか思いつかなかったからしょうがない。

 冷や汗をかきながら彩花さんを伺うと、困ったように笑っていた。


「かなり前よ?二、三年前かな?あれ?恋愛相談…だったのかな…」


 昔を思い出そうとした途端、彩花さんは眉間に皺を寄せてこめかみを押さえた。


 辛そうだ。

 本当に何とか出来るものなら、何とかしてあげたい。


「ねぇ、彩花さん。その人とはどうなったんですか?」


 私がそう聞くと、ハッとしたような顔になり、再び顔を顰めた。


「どう…なったのかな?あれ?」


 彩花さんをジッと見つめていると、ゆかりちゃんもマチちゃんも彩花さんの異変に気づいたようで、視線は彩花さんに集中する。

 自分のお母さんが辛そうに頭を抱えているのを見かねたのか、ゆかりちゃんが心配そうに彩花さんの肩に手を乗せた。

 すると彩花さんは、みるみるうちに落ち着きを取り戻していく。

 でも、ゆかりちゃんの影響を受けて、落ち着いていくのは良くないと思う。それは辛い事を思い出そうとしている彩花の意志を曲げる事だから。

 それに、そんなに辛そうにするのなら、そこに何かある可能性は高い気がした。


「彩花さん、その人の写真見せて下さいよ」


「…写真?そうか、写真撮ってたよね」


 彩花さんは、スマホを取り出すと、画像ファイルを次々と見ていく。


 その瞬間、急激に頭が痛くなっていく。

 彩花さんも辛そうにしながら画像をフリックしているけど、傍らに立つゆかりちゃんも辛そうだ。

 彩花さんの肩に乗せている手に力が入り、スマホの画面から目が離せないように、大きく目を見開いている。


「頭…いたぃ」


 マチちゃんも影響を受けているようで、頭を抱えながら呟いた。


 私は、頭痛がどんどんと酷くなっていき、目の前がチカチカと白く点滅していく。


 目当ての画像を見つけたようで、指が止まった時、彩花さんは目を剥いた。そして、スマホを取り落とし、急いでゆかりちゃんを振り返る。


 ゆかりちゃんは見てはならない物を見たように、顔を歪め、震えながら口を開き、叫んだ。


「いやぁぁぁあぁぁあぁぁ!」


 ゆかりちゃんの絶叫とともに、私達四人の意識は途切れた。

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