第35話 検証

「何の真似だ?」


 さて、私にもわからない。

 そういう時はどうするか。逆ギレするしかない!


「私のファーストキス奪っておいて、何の真似はないじゃないですか!」


 本当に訳わかんない!ヤバい!恥ずかしい!


 ユウさんは、私の目を真剣な目で覗き込んでいる。

 そんなに真剣な眼差しで見つめられると…


 そっと目を閉じて、唇を突き出す私の頭に、スパーン!という小気味好い音を響かせて衝撃が走った。


「あいたぁ!」


「正気に戻ったならどけ」


 スリッパを握りしめたユウさんが、嫌そうな顔で私を隣に避ける。


 恥ずかしくて誤魔化したけど、私は正直ショックを受けている。


 何故かって?

 ファーストキスの記憶が無いからだよ!

 なんであんな事しちゃったんだろう。記憶が無くなるほどに衝動的な行動をとってしまった。

 前々から感じていた、自分の中のに閉じ込めている激情の、その扉の戒めが緩んできているような気がする。


「おい…なぁ楓、お前さ…」


 訝しむような目で私を覗き込む。

 私の目を見つめているけど、それはまるで目の中にいる何かを覗き込むかのような視線。

 見つめられているのに、嬉しさや恥ずかしさよりも、居心地の悪さを感じて、目を逸らした。


「ユウさん。もう少ししたらゆかりちゃん帰ってきます。早めにポーテに行きますか?」


 ユウさんは溜息を着いていた。


「…そうだな。ゲン達は…まぁいいか。ジンさんに連絡入れとく」



 部屋に戻ると、程なくしてゆかりちゃんは帰ってきた。




 ユウさんが迎えに来て、ポーテに向かった。


 開店前でガランとした店内で、ジンさんとさっちゃんが座って昨日撮った動画を確認している。


「開店前に悪いなジンさん、さっちゃん」


「いや、大丈夫だ。しかし…なんだこりゃ。こんなの初めてだな」


 ジンさんもさっちゃんも、動画を見ながら苦笑いをしている。


「どうなの?ゆかりちゃんの事、覚えてる?」


 そう問いかけると、一度二人は顔を見合せ、ゆかりちゃんをに視線を移す。そして、首を横に振った。


「マジで?嘘だろ…」


 ユウさんが呟き、私とゆかりちゃんは呆然とする。


「何で?じゃあなんで私とユウさんは覚えてるの?」


「ジンさん、さっちゃん、じゃあ何処まで覚えてるんだ?」


「そうだな…これを撮ったのは何となく覚えてるが、何故撮ったかと、その…ゆかりちゃんだったか、の事は全然だ。そこだけポッカリとだな」


「そうね、多分ゆかりちゃん?と会っている時間の出来事がぼんやりとしてる。それも、言われるまで気にならないくらい。この動画も、言われたら撮ったなぁ、って程度」


 さっぱりわからない。忘れない条件って何?

 ゆかりちゃんは絶望の表情を浮かべている。


「まぁそんな顔をするなよ。今日確認するって事だったんだろ?取り敢えず確認は終わった訳だ。じゃあ次は、思い出す事が出来るかどうか、それと、何故こんな事になったのかを確認しないとな」


 あぁそうだよね。流石ジンさん。

 原因の究明をしないといけないんだ。何で思い浮かばなかったんだろう、私もユウさんも。

 これは多少ゆかりちゃんの影響を私達も受けているのだろうか。


 分からない事だらけだけど、原因を辿れば何とかなるばずだよ。数ヶ月前に、母親が泣き崩れていた事を覚えていて、それからだと言う話は聞いたのに、泣き崩れていた原因は何だったのだろう。


 一通りの説明をゆかりちゃんが山井兄妹に説明すると、ジンさんは難しい顔をする。


「十中八九、原因は母親が知っている。だが…」


「何を言い淀んでいるんですか?」


「それはそうでしょう。だって、そんなに強く忘れなければいけないと思う程の事を、思い出さないといけないのよ?」


 さっちゃんがジンさんの代わりに説明してくれた。


 確かにそうだ。ゆかりちゃんのお母さんが泣いて縋る程の事があったんだよね。それを思い出すのは、ゆかりちゃんにとってはさぞかし怖い事だと思う。


「それにな、それを思い出す手立てが…」


 ユウさんは先程から難しい顔をして考えているけど、何かを思いついたのか、立ち上がりゆかりちゃんの前に立った。


「なぁゆかりちゃん。もしかすると、この状況を脱する事が出来るかもしれない。それはゆかりちゃんに何が起きたのかを、ゆかりちゃんが思い出さないといけない。その出来事は、ゆかりちゃんが忘れないと心を保てない程の事だった可能性もある」


「…は、はぃ。でも、思い出せるかな…」


 ゆかりちゃんは手を強く握り締め、青い顔をして俯いた。


 何となくだけど、ただそう言われたとしても、完全に忘れていたら、私ならピンと来ないと思う。

 でも、今のゆかりちゃんは明らかに警戒している

 無意識的に、思い出してはいけないという警報が鳴っているんじゃないかと思う。


 でもね、私は今日見たんだよ。


「ゆかりちゃん、良く考えてね。とても辛いことがあったかもしれない。でも、貴女を好きになってくれた人がいる。貴女を大事に思っている親友がいる。貴女を忘れたくないと、必死に抗ってたお母さんもいるじゃない。そんな人達との繋がりを大事にしたいよね?ゆかりちゃんが自分から思い出そうと思えるまで家にいていいから、考えてみて。私達は手助けしか出来ないんだから。決心が出来たら、その方法を皆で考えよう」


 ゆかりちゃんは俯いたまま、ゆっくりと頷いた。


 今回も動画撮影はしていて、また後日山井兄妹に連絡をする事にし、帰ることにした。

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