第31話 尾行

 ベンチに座っていたゆかりちゃんの隣に座って、私はハンカチを差し出した。

 ゆかりちゃんは礼を言ってそれを受け取る。


 もう22時を回っているのに、女子高生がこんな所に一人でいるのは非常に危ない。

 訳を聞こうとしたけど、まだ彼女の涙は止まっていなくて、落ち着くのを待っていた。


 ユウさんは「コーヒーでも買ってくるわ」と言って何処かに行ってしまった。

 私この子と話すのまだ二度目なんだけど?


「ありがとうございます。もう大丈夫です」


 ゆかりちゃんはそう言って、フゥーと大きく息を吐いた。


「ねぇゆかりちゃん、何かあったんだよね?会ったばかりだけど、私に話せるなら話してみる?」


 ゆかりちゃんは顔を俯かせて唇を噛んでいる。

 あぁ〜、話しづらい事なんだ。失恋とかかな?だとしたら私には荷が重いかもしれない。何故なら男と付きあった事がないからね!アハハ…


「まぁ無理に話さなくてもいいよ。でもね、こんな夜遅くに女の子が一人でいると危ないからね。送っていくから帰ろう。ね?」


 出来る限り優しく言ったんだよ?でもゆかりちゃんはまた泣き出した。


 あぁぁ〜。どうしたんだよぉ〜。

 彼女が今にも消えてしまいそうな儚い存在に見えて、思わず抱きしめた。


「おっと…お邪魔だったかな?」


 声の聞こえた方を見ると、苦笑いをしているユウさんだった。手には飲み物が三つ抱えられている。


「何言いよーと?」


 私はそう言って思わずジトッとした目でユウさんを見た。


「冗談だ。それよりもう遅い。落ち着いたらゆかりちゃん送って行くぞ?」


 うん。やっぱりユウさんは優しい。


「ね?ゆかりちゃん。ユウさんもこう言ってるし、帰ろう?夜道でも、ユウさんが一緒に居てくれるなら安全だよ!ユウさんは凄く頼りになるし、痴漢なんかあっという間にやっつけてくれるんだよ?本当に素敵だよねぇ〜。口では面倒なんて言っても結局は助けてくれたり、責任なんて持ちたくないって言いながらも凄く責任感が強くてね?」


 私がそんなユウさん自慢をしていると、頬を両手で摘まれた。


「いふぁい!」


「お前は何を言っているんだ。俺達を置いて暴走するな」


「ごめんなひゃい」


 いけない、いけない。自慢しているうちに私の好きな感情がダダ漏れしていたらしい。


 私達を見ていたゆかりちゃんが、クスクスと笑いだした。

 漸くユウさんの手から開放された私は、痛む両頬を抑えながら気まずい気持ちでゆかりちゃんを見る。


 涙は止まっているようなので、まぁ結果オーライだね。


「楓さんは松田さんの事本当に好きですね」


 この前ここで食事した時に、一応ゆかりちゃんには言っておいたのだ。私がユウさんの事を好きだと言うことを。一応ね?一応。マーキング?違うよ?大人気ない?そう?そんな恋愛のルールなんて私は知らないし、遠慮する気もない。ユウさんは私が落す!


「そうだよ?大好き!」


 私が堂々と宣言すると、ゆかりちゃんは微笑ましい表情を見せるし、ユウさんはなんとも言えない顔になってタバコを取り出した。


 前にポーテでユウさんがタバコを吸おうとしていた時に、テーブルに置いていたライターを取って火をつけてあげようとした事があったのだけど、その時、デコピンをされてライターを取り上げられ「余計な事をするな」と言われた。それを見ていたジンさんが、弾かれたおでこを摩っている私に、こっそりと言おうとした事があった。


『楓、俺達の地元ではな、ライターの火を他人に…』


『おいジンさん!仕事したらどうだ?焼酎水割りだ!』


『あっはは!照れんなバカ!水割りな』


 その後ジンさんがさっちゃんにそれを話して、二人して此方をニヤニヤしながら見ていた事を思い出した。後で検索をしてみようかな。


 そんな事を思い出してユウさんを眺めていると、

 ゆかりちゃんがベンチからすくっと立ち上がった。


「ありがとうございます。帰りますね」


「そうか、じゃあ送る」


 ユウさんがそう言うと、ゆかりちゃんはとても言いにくそうに答えた。


「すみません。その…あまり知らない人に家を知られたくないので」


 なるほど、それは一理ある。


「ねぇユウさん、ゆかりちゃんがこう言ってるし、大丈夫なんじゃない?」


 ゆかりちゃんに気づかれないようにユウさんに目配せしたところ、ユウさんは正しくそれを分かってくれたようだ。


「…そうか。じゃあ気をつけて帰るんだぞ?」


 ゆかりちゃんは私達にお礼を言って、その場を後にした。

 ゆかりちゃんが遠くなっていくのを確認して、ユウさんと頷き合う。


「じゃあ、行きましょうか」


「ああ、最近この辺りも色々あるからな」


 私達はゆかりちゃんに気付かれないように家まで送る事にしたのだった。


 十五分程歩いていると、ゆかりちゃんは一件の家の前で立ち止まった。


 五分程家の前に立っていたが、意を決したように門扉から玄関前に入って行く。


「どうしたんでしょうね?」


「わからん…が、虐待でもされて家に帰れないとかじゃないだろうな?」


 私達はその家の前に移動し、門扉の前に隠れた。

 もし暴力が暴力が振るわれるような事があれば、止めるつもりだ。門扉に張り付いている表札は、間違いなく『葉山』である。


 私達からは見えないが、ドアが開いた音がした。


「はい。あら?えーっと…どなた?」


 家の人だろう、女性の声が聞こえた。


「…すみません。間違えました」


 ゆかりちゃんの声だ。


 どういう事?

 私とユウさんは顔を見合わせ、首を捻った。


 玄関の扉が閉められ、ゆかりちゃんが出てこようとしている気配を察して、私達はその場から離れ、再び隠れた。


「何ですかあれは?新手の虐待ですか?」


「分かるわけないだろ」


 出てきたゆかりちゃんはその家の前に立ち尽くし、顔を伏せていた。泣いているのだろう。手で顔を拭っている。


 こんな夜に、ポツンと立って泣いている女の子を見て、私は耐えられなくなった。


「あぁもう…ユウさん、行ってきます!」


 私はゆかりちゃんの下に向かった。



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