第30話 帰り道

 最近よく偏頭痛が起こる。

 寝込むほどの事は無いのだけれど、こめかみの辺りがジンジンと痛み、憂鬱な気分になる事もある。


 あの日からだと思う。

 ユウさんが私の為に怒って、ブルージェイルの拠点に乗り込んでくれた日の昼間、私は交通事故にあっていた。


 その時に住んでいたアパートの近くで、白いライトバンに轢かれた私は、弾き飛ばされて何処かにぶつかり気を失った。

 目撃者は少なかったけど確かにいたらしく、すぐに救急車で運ばれたらしい。


 精密検査では異常がなく、病院のベットの上で気がついた私の腕には、包帯がぐるぐる巻きに巻かれていたくらいだった。医者の話によると、腕に打撲と擦り傷があるが、折れてはいないとの事だった。


 全く痛みなども感じなかったのと、精密検査で異常がなかったと聞いたこともあり、即座に退院をすることにした。


 だって、例の噂を流したユウさんだけでは無く、止めなかった私の責任でもあるのだ。ポーテには毎日通うと約束した翌日に破る訳にはいけないと思ったから。


 どうやら病院から両親に連絡を入れたらしく、私のスマホにはとても沢山のメッセージ入っていた。


 大丈夫だとメッセージを返したら、本当に大丈夫かと心配され、何度も問題ないと説明したら納得はしてくれたけど、此方に様子を見に来ると言い出した。全く問題ないのに来なくていいと何度も言ったのに、一度子会社の様子を見に来ないといけないから、ついでだという体で来ることになった。


 迷惑だとは思わないし、逆に私が忙しい両親の足を引っ張りたくないと思っているくらいなんだけど、と溜息をつくのと同時に心配してくれて嬉しいと心が暖かくなった。


 大丈夫だというのは信用してくれたようだから、

 すぐには来ないと言っていた。いつ来るのやら。


 頭痛はその日から出ている。

 精密検査の結果は本当に間違いないのだろうかと、疑ってしまう。


 今も少し痛むこめかみをグリグリして、ポーテに向かった。

 ユウさんが約束した日から一週間経つ。

 こっそりと私にだけさっちゃんが教えてくれたのだけれど、 噂の影響は殆どなくなったから、今日でユウさんは解放されるそうだ。

 私としては、毎日一緒に飲めるから通っても良かったけど。


 店に到着して店内を見回すと、いつも通りユウさんはカウンターに座って飲んでいた。

 そこそこお客さんは入っているのに、ユウさんの隣はポッカリと空いている。何故なら、そこは私の席だからだ。さっちゃんに頼んでユウさんの隣はキープしてもらっている。


「お疲れ様ですユウさん!」


「あぁ来たか。お前は毎日来なくていいぞ?どうやら山井兄妹には、俺が全て悪いって事になっているようだからな。まぁ間違ってはいないが…」


「まぁまぁそう言わずに、一緒に飲みましょうよ」


 毎日来ることは確定していたのだから、私達はボトルキープをしている。

 噂による売上低下の補填をするのだから、飲み物代が安くなるキープは悪い気がするけど、それは許して貰えた。


 今日もユウさんは例のパフォーマンスをする。

 一度さっちゃんに、ユウさんの手品は種がないって教えて貰った事がある。

 種がないのなら、そういう事が出来る人なのだろうと納得したけど、さっちゃんには「またまたぁ〜」と、冗談を受け流す態度をとった。


 私はそういう事が出来る人がいるのを知っているから、納得出来たけれど、普通は隠しておきたい事なのだ。ユウさんが敢えてここでやっているのは、手品が出来るのだと周りに認識させる為なのだと思う。


 かくいう私も、そんな力がある。

 怪我が治りやすいし、人の怪我も治せる。

 擦り傷程度だけれど、こんな力を持っていると知られたら厄介な事になると、両親から言われているし、言わないようにしている。



 帰り際ジンさんに「売上補填は今日までで大丈夫だ。また好きな時に飲みに来い」と言われ、ユウさんは肩を竦めた。


 ポーテからゲンさんと私の住んでいるアパートに帰るには、幾つかのルートがあるのだけど、その中でも河川敷沿いを歩く道が一番好きだ。


 だから私はユウさんに、そのルートで帰る事を提案する。

 帰り道なんてどの道を選んでもそれ程時間は変わらないからなのか、すぐに了承してくれた。


 夏の蒸し暑い夜に、川の流ていく音が涼しげで心地よい。


「ユウさん、気持ちいいですねぇ?」


「だな。酔って火照った身体に丁度いい」


「この前は、ありがとうございました。私本当に嬉しかったんです」


「…いや、結局早とちりだった訳だが」


「いえいえ、まさか合成写真だと思わないですよね?」


 ジンさんからは、ユウさんに私の写った合成写真が送られたと、説明を受けていた。


「…ああ、そうだな。衝動的に動いてしまった」


「衝動的に、ですか?それは私がユウさんにとって大事な人になってるって事ですか?」


「はぁ?ん〜、でも、そういう事になるのかな…」


「わかってますよ。大事な人と言っても、恋愛感情とかではないって事でしょ?大事な身内ってところですかね?」


「まぁそう…だな」


 ふふふっ。中々いい感じだ。

 こうやって少しづつ距離を縮めていけたら、いつかは振り向いてもらえるかもしれない。


 今はいいのだ。まだ恋愛感情を持って貰えなくても、こうやって私の事で心を揺らせてくれているのなら、私は嬉しい。


 子供の頃、私にはとても好きな人がいた。

 とても好きな人だったけど、もう顔も覚えてないし、何処が好きだったのかなんて事も覚えていない。けれどユウさんに会うまで、私は男の人に全く心を開けなかったのは、他の男にはその彼のように心が暖かくなる事がなかったからだ。

 好きだと認識したあとは、ユウさんといると何故だかとても安心するし、心が暖かくなる。


 だからユウさんとは、穏やかな愛を育みたいと思うのは本心だ。でも私の心の奥には、激しくユウさんを求め、狂おしいほどユウさんが欲しいと訴えてくる激情が、閉じ込められている事に気がついている。

 今まで出来ているのだから、これからもその激情に流されないで、ゆっくりとユウさんの気持ちが私に向いてくれるのを待とうと思う。


 ニヤニヤとしそうな表情を堪える為に、私はユウさんから視線を外し、河川敷を見る。


 この辺はゲンさん達とご飯を作った場所だ。


 河川敷に設置してあるベンチの傍らには、街灯があり、その場を照らしている。


 偶にそのベンチに座っているカップル等を見る事もあるけれど、今日はそこに座っている人の格好がとても気になり、ユウさんの服を引っ張り足を止めた。


「ユウさん、あれ、どう思いますか?」


 私はそのベンチを指さした。

 ユウさんは一度私を見た後、ゆっくりと其方に目線を送る。


「んあ?…あれ?もしかして」


「ですよね?ちょっと行ってみましょうよ!」


 私とユウさんはベンチ迄向かった。

 足音はしているはずなのに、此方に気付く様子もない。


 ユウさんは気を使ったのだろう。いきなり話しかけるにしても、男より女の方が警戒されないだろうと。ユウさんは私に目配せして、私は小さく頷いた。


「こんばんは、ゆかりちゃん?」


 ゆかりちゃんは一度肩を震わせ、そっと此方を振り向いた。

 驚いた顔になっているゆかりちゃんの頬を涙が伝っているのは、光の加減での見間違いでは無い筈だ。





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