第29話 キャンプ飯

 あぁ、幸せ。

 私はユウさんの家の隣に引っ越してきた。


 好きな人にすぐ会えるって素晴らしい。


 でもユウさんには、余程の事が無い限り部屋には入れないと言われたけどね。私の部屋には何時でもどうぞって言っといた。


 一緒に飲みに行って、一緒に帰って来る事も出来るから、言うことない。


 早速ユウさんの部屋に散歩のお誘いに行ったのだけれど、残念ながら散歩は朝に済ませたらしい。

 でも、昼からゲンさんと会う予定だから、暇なら来るかと聞かれ、一も二もなく行くと答えた。


 昼少し前に、部屋のチャイムが鳴った。確認するとユウさんだったので、急いでドアを開けた。


「おぅ楓、準備いいか?」


「もちろんです!行きましょう!」


 向かった場所は河川敷だった。

 以前ユウさんが座っていた傾斜の上から川の方を眺めると、ベンチに座っているゲンさんと真奈ちゃんが見えた。微妙に距離を開けて座っているのが微笑ましい。私なら、ピッタリ引っ付くけどね。


「おーい!ゲン!」


 ユウさんが声をかけると、ゲンさんと、真奈ちゃんが振り返った。ゲンさんは手を振り、真奈ちゃんは小さく頭を下げる。


 二人の下に向かうと、ゲンさんの荷物が多い事に気づいた。


「凄い荷物ですね?」


「ああ、ユウさんからアウトドアの基本を教えて欲しいと頼まれてな」


「そういう事だ。外で作れる飯を教えてくれるんだってさ」


 そう言えば、ユウさんは趣味を探していた。そしてゲンさんの趣味のキャンプに興味を持っていて、ゲンさんに色々教えて貰っていると聞いていた。

 本気でやるんだ。私もやってみようかな。


 タープ?って言うのをゲンさんがユウさんに説明しながら立てていく。


 そこに荷物を置いて、テーブルやコンロの準備を始めた。ユウさんは教えて貰いながら作業してるけど、真奈ちゃんの動きが手馴れている事に驚いた。


「真奈ちゃん凄いね。ゲンさんに教えて貰ったの?」


 私が声をかけると、真奈ちゃんは少し恥ずかしそうに、首を横に振った。


「いえ、あの…ブルージェイルの…慰労会で」


 ブルージェイルの慰労会…慰労会?


「皆でバーベキューやるんです…」


「ふ、ふーん。そんなのがあるんだ」


「はい…冬になったらクリスマスパーティとかもあります。良かったら…いらっしゃってください」


 色々あるらしい。

 あんな強面の面々がパーティ帽子を被っている想像をして、私は頬を引き攣らせ、曖昧に頷いた。


 さてさて、私だけが役立たずでいるわけにはいかない。料理の手伝いくらいはしようと思う。


 そう思ったけど、今日は簡単な物しか作らないんだって。炭を片付けるのも面倒なので、バーナーを使ってフライパンを…え?スキレット?ってので分厚いステーキを焼くみたい。


 ちょいちょいゲンさんにキャンプ用語で訂正を入れられながら、特にお手伝いできることも無く、椅子に座って作業を眺める事にした。


 うんうん。なるほど。出来たら楽しそうだな。

 みんなも楽しそうだし、良い休日になっていると思う。


 川の音を聞きながら、タープの下にいるから陽の光も浴びないし、ゆったりとした気持ちで寛ぎ、ふと辺りを見回す。


 すると、何時もユウさんが座っている辺りで、女子高生が座って此方を眺めていた。


「ねえ、ユウさん!あの子ってユウさんがナンパしてた子じゃない?」


「はぁ?…馬鹿言うな。お前には説明しただろうが」


「ニヒヒッ。冗談冗談。折角だからあの子も呼んでみる?こう言うのは人が多い方が楽しいでしょ?」


 ユウさんは少し考えて、その女子高生の方へ向かった。いやいや、女子高生に大人の男一人で話しかけるとか、変な目で見られるかもしれないからね?

 そう思って私もついて行った。


「こんにちは、ゆかりちゃん」


 ユウさんはそう声をかけた。

 えぇ?やけに気安くない?名前も知ってるし。


「こんにちは!松田さん!」


 そのゆかりちゃんも嬉しそうに返事をする。

 何これ。どう言う事?


 複雑な気持ちになったけど、なるべく自然に見えるような笑顔で声をかける。

 私は大人だからね。隣に住んでいるんだからね。正妻の余裕ですよ?


「えっと、ゆかりちゃんでいいのかな?少し前にユウさんと話してたよね?仲良くなったの?」


 ゆかりちゃんは少し目を見開いて私を見た。

 うーん、何だろう。警戒されてるのかな?だったら私も警戒するけど。


「はい!そうです!良く覚えてましたね?!」


 あれ?あぁ、この子はこう言う話し方をするんだ。

 だって、私に話しかける彼女は嬉しそうな顔をしているから。

 私は一瞬で警戒を解いた。


「ゆかりちゃん、用事がなかったら一緒に肉食べないか?」


「そうそう、大勢の方が楽しいし!学校は、終わってるんでしょ?」


 私達はゆかりちゃんを誘った。

 今日は休日だけど、制服を着ている学生が昼にここに居ると言う事は、例え部活だったとしても終わっているはずだからだ。


「えーっと、いいんですか?それと、もしかしたら友達がくるかもしれませんけど…」


「そうなの?その友達も誘えばいいじゃん?勿論、無理にとは言わないよ?」


 ゆかりちゃんはモジモジしているが、口元が嬉しそうだ。


「じゃあ…お願いします。テヘヘッ」


 何だこの子可愛いなぁ。よし、私はこの子からも女の子らしさを学ぶことにしよう。

 そう思っていると、男女二人の学生やってきた。


「えっと…ゆかり?この人達は?」


 二人のうち、女の子の方がゆかりちゃんに話しかける。

 ほう、ゆかりちゃんが可愛いタイプなら、この子は綺麗なタイプだ。

 男の子は、健康なタイプのイケメンだね。ユウさんには到底かなわないけど。将来が楽しみな三人だね!


「最近知り合って、あそこでやってるご飯に誘ってくれたの。友達もどう?って言ってくれてるんだけど」


 ゆかりちゃんは二人に説明している。


「いいじゃん!お邪魔しようぜ!」


「そうね。それじゃあ、お邪魔していいですか?」


 二人の了承を得られたので、皆でご飯を食べる事になった。


 因みに、男の子はケイタ君、女の子はマチちゃんと言うらしい。


 ゲンさんと真奈ちゃんの所に戻る最中、私達の後ろから、三人の会話が聞こえた。


「今日、シンタは?」


「ああ、うん。今日は用事があるんだって」


「シンタに美味い飯食ったって自慢してやろうぜ!」


 何時もの仲間って感じなのかな?もう一人いるみたい。


 ゲンさんが焼いたステーキはとても美味しくて、所謂キャンプ飯というものの威力をまざまざと見せつけられ、私もまんまとアウトドアに興味を持つ事となった。

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