第21話 突撃

 怒りでどうにかなりそうだった。

 脳にビリビリと電気が走っているような、何かに急き立てられるような衝動に抑えが効かない。

 時々訪れるノイズに、視界が乱れる。


 ノイズの中に、もう少しで何かが見えそうになって来た時に、視界が晴れた。


 走り続けていた俺は、いつの間にか目的地の近く迄来ていた。


 道端に落ちていたフリーペーパーを拾い上げ、カフェに向かう。


 正体不明の衝動は抑えられてきたが、怒りはまだ治まらない。

 俺は俺の周りの人間に手を出される事が、事の他気に入らないようだ。


 店の扉を勢いよく開けると、屈強な男達が此方を睨みつけていた。


「おい、楓は何処だ。ああ、奥の扉の中だったな」


 一番近くにいた男を睨み返しながら言う。

 すると奥の方から、声が聞こえた。


「お前…友田元気と一緒にいた奴だな」


 その声の主は、この前会った剛腕の楽太郎とかいう馬鹿野郎だった。


 それを聞いた男達が一斉に席を立ち、最初に話しかけた男が俺を掴んで外に連れ出した。

 外に出された俺に続いて、数人の男達が出て来た。


「友田元気の仲間か。店で暴れてもらったら困るからな。取り敢えず動けなくさせてもらう」


 それを合図に男達が襲いかかってきた。


 俺は持っているフリーペーパーを無造作に破り、宙に投げた。


 正々堂々とはやらない。先に汚い真似をしたのはこいつらだ。

 数人を相手にしても、視界さえ奪えばなんということも無い。


 バラバラのフリーペーパーだった紙くずを、男達の顔面に貼り付けていく。

 こうなれば木偶の坊の集団だ。


 男達が顔に貼り付いた紙くずを剥がそうとしている間に、一人ずつ対処する。

 一撃一撃に力を込め、顎を撃ち抜いていく。

 男達はその場で崩れ落ちた。口を切ったのだろう、口から血を出して、男達は意識を失っている。

 一撃で意識を刈り取ったのだ。目を覚ませば、たいしてダメージも残らないはずだ。


「ふぅぅ」


 俺は呼吸を整え、店の中に入っていく。


 店の中にいた男達は、俺が動けない状態で連れてこられるのが当然だと思っていた事が、その驚愕の表情を見れば分かる。

 奥に座っている女と、剛腕の楽太郎だけは、動揺していないようだが。


 店内のホールまで歩いて行くと、今度は五人の男達が襲ってきた。


 再び紙くずを投げ、五人と奥の二人の視界を奪う。

 俺を取囲むようにいた五人は、慌てて紙くずをひっぺがそうとするが、その前に俺は低く構えをとる。


「ふっ!」


 気合いの息吹と共に、一人目の顎を肘で撃ち抜き、回転を利用して、二人目のボディーを後ろ回し蹴りで突き刺した。脚を戻し、対面にいる三人目を足刀で沈める。四人目は正拳突きで意識を刈り取り、反対にいた五人目の頭を裏拳で殴り飛ばすと、その身体は側転して床に叩きつけられた。


 息を整えるために、大きく深呼吸を何度かしながら、残りの二人を睨みつけた。先程投げた紙くずは、残念ながらかわされていたようだ。楽太郎は腕を交差させて、女は目の前に手を翳して。


「やっぱりお前は強いな」


 楽太郎がそう言った時、店に人が飛び込んできた。


「ユウさん!大丈夫か!」


「ゲンか!?」


 俺が叫ぶと同時に、女がゲンに向かって走った。

 俺の横を素早くすり抜けようとする女に、回し蹴りを叩き込んだ。

 女はそれを腕で防いだが、数歩後ずさりした。


「ゲン!奥の扉だ!楓を頼む!」


 明らかにさっきまでの奴らとは強さの違う二人を牽制しながら、楓の事をゲンに任せた。


「友田元気ぃぃい!!」


 女はゲンを睨みつけながら叫ぶ。


「ヒッ…」


 怯えた表情で一歩後ずさりしたゲンは、それでも意を決したように頷き、奥にある鉄の扉に走り出した。


 同時に剛腕の楽太郎が突っ込んで来る。

 この前とは違い、目の前に腕を構えて右フックを放ってきた。それを少し下がり、身体を捻りながら左腕で受け流す。

 女はそれを狙っていたように、低い位置を素早く移動すると、体勢が崩れた俺の懐に入り、両手を床に着きながら蹴りを突き上げる。

 体勢が崩れた俺には避けるすべはなく、脇腹に痛みが走り、よろめいた。


 その間にゲンは扉まで辿り着いていた。しかし


「ユウさん!鍵が!」


「ちっ…まぁそうだろうな…」


「その扉に触ってんじゃねぇぞ!友田元気ぃ!!」


 女は激昂して、ゲンに向かおうとするが、そうはさせない。痛む脇腹を無視して、女の目の前に牽制の蹴りを放つと、忌々しそうな顔で、俺を睨みつけた。

 してやったと思いニヤリとすると、後ろから楽太郎に腕ごと拘束されてしまった。

 動こうと身を捻ったりしながらもがくが、俺と楽太郎の間にはわずかな隙間しかなく、拘束を解くことは出来ない。


 そんな俺を見て、今度は女がニヤリと笑い、悠然とゲンに振り向いた。


 ゲンは逃げようにも目の前には扉しかなく、扉を開こうと必死にガチャガチャとドアノブを回す。


「友田元気ぃ!てめぇだけは許さん。ぶち殺してやる!」


 女は叫びながらゲンに近づいていく。


 俺は一度大きく息を吸い込み、息を止めた。

 そして、俺と楽太郎の間にある僅かな隙間に集中し、思い切り脚を踏み込んだ。


「はあっ!」


 気合いの声と、脚を踏み込んだ音が響き、全ての力を楽太郎の鳩尾あたりにある俺の肘に伝えた。

 寸勁。

 僅かな隙間でも効果的に衝撃を相手に伝える技だ。


「ぐふっ!」


 楽太郎は呻き声を上げ、その場に崩れ落ちる。

 音のせいで此方に気づいた女は、崩れ落ちた楽太郎を見て驚愕している。


 その隙に、俺はゲンの前にある扉の鍵があるであろうノブ付近に集中する。

 カチャリという音が響き、成功したことがわかった。


「ゲン!開いたぞ!」


 ゲンは驚きドアノブを捻った。


「てめぇ!友田元気!」


 女は慌ててゲンを振り返る。その隙を見逃す俺じゃない。


 姿勢を低くして、後ろ姿を見せている女の足を払い、前向きに倒れた女の腕を取り、馬乗りになった。


「ゲン!早く楓を…?」


 扉を開けたゲンは、何とも言えない表情で此方を見ていた。


「てめぇら!逃げろ!真奈!!」


 俺の下にいる女は訳の分からない事を叫びだし、俺は首を傾げる。


 その時、この場には似つかわしくない声が聞こえた。


「はい、そこまで〜」


 声の方を見ると、見慣れた女が入口に立っていた。


「さっちゃん?なんでここに?」


「ゲンちゃんを送ってきたんだよ」


「し、初代!どう言う事?」


 俺の下にいる女が狼狽えた声で言った。

 初代?何言ってんだこの女


「華奈、久しぶりだねぇ。それより、ゲンちゃん、中は?ユウちゃんの写真と同じだった?」


 先程から呆然と立ち尽くしているゲンは、ゆっくりと首を横に振った。


「い、いや、凄い気になる事はあるけど、楓さんはいない」


「そっか。ユウちゃん、悪いけどその子離して貰えるかな?」



 何が起こっているのか分からないまま、さっちゃんの仕切りで、話し合う事になった。


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