第17話 パフォーマンス
休みだと言うのに、今日の俺には予定がある。
ポーテに行かなければなりない。
昼間のうちにゲンを誘っておいたから、現地集合となっている。罪の意識に苛まれて楓も来るのだろう。
日が長くなっているからまだまだ明るいが、もう夕方と言うよりも夜に近い。
ポーテは既に開店時間を過ぎているから、向かわねばならない。
俺も本当に悪いと思っているから構わないんだが。
店は予想以上の賑わいを見せていた。
昨日の今日で、もう話が伝わっているとか、ここの常連客ネットワークはどうなっているんだか。
店内を見回すと、既にゲンは到着していて、カウンターでジンさんとなにやら難しい顔で話していた。
「お疲れゲン。早かったな」
「ああ、ユウさん。この前は世話になった」
珍しく仕事中にスマホを持って、画面とにらめっこしているジンさんに、ビールを頼んだ。
早速ではあるが、この前の件を尋ねてみることにした。
「なぁゲン。この前聞いたけどさ、ブルー…」
俺の言葉を遮るように、ドンッ!と目の前にビールが置かれ、ジンさんがニヤリとしている。
「さぁ、皆さんお待ちかねだ。ユウ、お前にはやってもらわなけりゃならん事があるよな?」
俺は頬を引き攣らせ頷くと、ビールをコクリと飲む。ジンさんに及び腰になっている所、後ろからパーティ用の三角の帽子を被せられた。
振り向くとジンさんとよく似た笑顔をしているさっちゃんが、手に『今日の主役』と書かれたタスキと、鼻眼鏡を持ち仁王立ちしていた。
「さぁユウちゃん、行ってみようか」
物凄く猫背になり、抵抗することを諦めた俺にタスキと鼻眼鏡をかけ、さっちゃんにドナドナされながら何時ものカウンターまで連れて行かれる。
そんな俺を苦笑いしながら見送っているゲンは、こんな状況になった俺のやってしまった事を正しく知ったのだろう。
俺が定位置に着くと、店内は大盛り上がりである。
一言で言えば、『よっ!待ってました!』という所であろう。
「さぁ皆!好きな物を投げろ!」
さっちゃんがそう呼びかけると、全ての席から様々な物が、俺に投げられる。
名刺やネクタイ、ツマミの唐揚げや枝豆なんかも飛んで来て、果てはブラジャーも飛んでくる。何なんだよテンション上がりすぎだろうが。
それら全てを俺は自分の頭上に浮かせて留めて行く。それだけで大盛り上がりである。
一体これの何が面白いのやら。いや、今の俺の格好は面白いかもしれないが。
後はそれらを元の場所に戻せば終わりだと、集中していると、俺の顔面にパイが飛んで来た。
俺は顔面に当たるパイを甘んじて受けることにした。何故なら、ジンさんがパイを大量に準備している所が見えたからだ。
俺が浮かせたり動かせたりするものは、500グラム以下である。だからコレをやる時は、皆それをわかったうえで、軽い物を投げてくれる。
即ち、パイは浮かせられない。
「よし!やっちまえ!」
ジンさんの掛け声とともに客から一斉にパイが投げられ、俺はドロドロになりながら浮かせたものを元に戻していった。
やたらと盛り上がった俺のパフォーマンスが終わり、ジンさんに風呂を借りた。服は選択して貰い、俺はジャージを貸してもらうことにして、店に戻った。
「ひでぇよ、ジンさん…」
「いやぁ悪ぃ悪ぃ。でも盛り上がっただろ?」
全く悪いと思っていなさそうな顔で謝られるが、溜息しか出なかった。
「いやぁ、凄い楽しかったよユウさん!」
ゲンも楽しそうにしていた。
「楽しんでもらえて何よりだよ…」
何だかんだ変な事に巻き込まれていたゲンが、ゴリラみたいな顔を、楽しそうに崩して笑っているのだ。良かったということにしておこう。
さて、今度こそ話を聞かなければならないな。
「さっき聞きそびれたんだけど、ゲンはブルージェイルに狙われる覚えがないって言ってるが、本当に心当たりないのか?」
「無いなぁ…本当に困ったもんだ」
ゲンは分からないと頭を抱えている。そんなゲンを見ているジンさんが、真剣な目をしながら一人の常連客を呼んだ。
「北村さん。ちょっと来てくれないか?」
カウンターの端っこで飲んでいた四十代位の眼鏡をかけた普通のおじさんが、「はい、はい」と言いながらこちらにやって来た。
「こちらは北村さんだ。北村さん、ちょっと見せてやってくれないか?」
北村さんは自分の鞄からポラロイドカメラを取り出した。
「いいよ。じゃあジンさん、チーズ!」
「ちょっまっ!」
いきなり撮影しだして、まさか自分が撮られるとは思わなかったのか、ジンさんが慌てて顔を隠した。
時すでに遅く、パシャリと撮られてしまっていたが。
ジーッと音を立て出て来た写真を注目していると、次第に画像が浮き出てくる。
「おお!なんだこれ!」
それを見た俺は驚きの声を上げてしまった。
椅子にどっかりと座り、ニヤリとした顔をしたジンさんの周りに、水着の女の子を侍らせている写真だった。
「北村さん…」
ジンさんは額に手を当てて、溜息をついた。
とんでもない写真を見せられ、俺はジンさんを生暖かい目で見てしまい、ジンさんは嫌そうな顔をしてそっぽを向く。
その時、スマホが鳴った。
メールが着信したようだが、最近メールなんか知り合いとの連絡ツールとしては使わないので、件名だけ確認した。
『ブルージェイル』
ん?気になる件名だ。
あまりにもタイムリーな件名を見たものだから、北村さんとジンさんとゲンが、なにやら話しているにも関わらず、メールを開いた。
写真が添付されているのを見ると、ゲンのメールを思い出すな。
その写真に写っていたのは、店だった。
『監獄Cafe 鉄拳』
目が点になるというのを初めて体験した。
見た事ある店だな。こんな店だから有名だが、入りたいとは思わなかったが。
「なんだこりゃ…」
んんっ?と眉を潜めていると、更にもう一通メールが届く。
開いてみると、今度は店内の様子が写し出されているようだ。
至る所に鉄の柵があり、確かに監獄という雰囲気を醸し出しているが、Cafeと言われればCafeだな。
数人客がいるようだが、全員どこかしらに青いバンダナを身に付けているようだ。
店内の奥に鉄で出来た扉が見える。
更に一通メールが届く。
今度はその扉が開いていて、薄暗い部屋の奥にベッドが置かれていた。
不穏だ。とてつもなく嫌な予感がする。
俺が険しい表情をしている事に気付いたゲンが、俺の持っているスマホを覗き込んだ。
更にもう一通メールが届く。
これは…開いていいものか。心臓の鼓動が早くなっていく。
メールを開くと、ゲンがギョッとした顔で俺とスマホを何度も見て、口をパクパクさせていた。
スマホを持つ手が震え、俺の中の血が沸騰するのを感じた。
「くそったれがぁぁ!!」
いきなり大声を出した事で、店内が騒然とする。しかし俺はそんな事など気にする余裕はなかった。
思い切りカウンターを叩き付けたことによって、そこにあった飲み物が零れた。
ジンさんも俺のスマホになにか写っている事に気が付いたようで、スマホを覗き込み愕然とした。
頭の中が殺意に埋め尽くされ、目の前が真っ赤になっていく。
ジンさんの焦ったような制止の声を遠くに聴きながら、俺は店を飛び出した。
最後のメールに添付されていたのは、下着姿でベッドに横たわる楓だった。
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