第16話 持ってんだろ?飛んでみろよ

 さっちゃんから聞いた通り魔の特徴は、明らかに俺が流した不審者の特徴である事は間違いなく、それも二人分の特徴が合わさって化け物を生み出していた。


 一人は既に誤解が溶け、もう一人は俺が誤魔化すために警察に伝えた虚偽の報告である。


 通り魔の影響で週末にも関わらず、閑散とした店内であり、売上にも影響を及ぼしていると聞いてしまえば、流石にそれが嘘でしたとは言いづらく、俺は頬を引き攣らせた。


 その両方を知っている楓を見てみれば、明らかに挙動不審になっていて、あちらこちらに視線を彷徨わせ、一度俺と目が合った後はそっと目を逸らした。


「へっ、へぇ〜!と、とんでもねえ化け物だな!」


「でしょ?もう本気で困ってるんだよね。売上的に!」


 本気で怒っている事を示すように、持ってきたアイスペールをドンッとテーブルに置き、切れ長の目をさらに細め、俺を見る。


 ひぇぇ〜!

 これは知っているな。いや、それもそうか。だってゲンをここに連れてきたのは俺だもんな。ジンさんは俺が楓にゲンの事を説明していた事も知っているし。


「えーっと…」


 もう一度楓に目を移すと、観念したような、断罪を待つ死刑囚のような、色々と諦めて仏のような顔をしていた。


 口には出さないがその目は明らかに言っていた。

「諦めましょう」と。

 図らずも楓は俺に協力してしまったのだ。


「あの、さっちゃん…実はさ…」


 俺は青い顔をしながら洗いざらい吐いた。



「そうかそうか、あんたらが関係してたって訳だ。んで?どうすると?警察に本当の事いうん?ねぇねぇ、ユウちゃん。うち、売上盛り返せるかなぁ?」


 俯き拳を膝の上に置いて、犯罪者が取り調べを受けているかのような俺の顔を覗き込むように、ジリジリと詰め寄ってくるさっちゃん。

 グツグツと言う鍋の音がやけに耳に響く。


「存じません…」


「さっちゃん!ごめんなさい!私もユウさん止めなかったから、その…」


「分かるよ楓。あなたは巻き込まれただけなんだよね?」


 楓が俺を庇おうと言い募るが、さっちゃんは全てが俺のせいだと思っているようだ。

 そんな楓の前にさっちゃんが取り分けた鍋をコトリと置いていた。

 カツ丼の代わりだろうか。吐けば食わせてやるぞと言う意味なのかもしれない。


 正直もう話せることは無い。ならばさっちゃんは俺に一体何を求めているというのだろうか。

 謝罪か?土下座であろうか?そう言えば、まだ明確な謝罪をしていない気がする。


「さっちゃん!大変申し訳ございませんでした!土下座をご所望でしたら、粛々と事に当たらせて頂きます」


 俺は深い謝罪をした。それはそれは誠心誠意、深く頭を下げたのだった。向かいの席から衣擦れの音が聞こえてきたのは、楓も頭を下げたからだろう。


「サチ、その辺にしといてやれ。ユウも楓も悪気があった訳じゃねえんだから」


 下げた頭の上から、ジンさんの声がした。

 救いの声だ。


「分かった。頭を上げて」


 俺と楓は頭を上げ、お互いを見てホッとした表情を浮かべる。

 それでも不可抗力とは言え、迷惑をかけてしまったのは本当なのだ。もう一度二人の顔を見ながら謝らせてもらおう。


「ジンさん、さっちゃん、本当に悪かっ…」


 二人の顔をみた瞬間、俺は固まってしまった。

 何故なら、その二人の顔にはなんとも恐ろしい、薄ら寒い笑顔を貼り付けていたからだ。


「まぁあれだ。迷惑かけたって本気で思ってんなら、明日からは毎日来れるよな?売上補填してくれるだろ?なぁ…ユウ」


 ずいっと俺の前に進み出てきたジンさんが、俺の肩を組んで、覗き込むように言った。それはまるで、『持ってんだろ?飛んでみろよ』と言ってくるヤンキーそのものだ。


「あ、当たり前じゃないか…そ、そんな事を言われるまでもない…」


「だよねぇ。それにさぁ、ほら、ランダムでやってる手品あるじゃん?あれもやってくれると助かるなぁ〜。売上的に…これって我儘かなぁ、ユウちゃん?」


 ジンさんとは反対側から肩を組んで、同じように俺を覗き込んでくるさっちゃんはまるで、『俺たち困ってるから協力してくれるよなぁ?』と言ってくる、ヤンキーその2そのものである。


「い、いえ、謹んでお受けします…」


 山井兄妹に覗き込まれている俺は、目の前にいる楓の事がチラリとしか見えないが、その楓も顔を引き攣らせて「わ、私も来ます…」と、呟いていた。


 俺はプレッシャーを叩きつけられ、胃の辺りを抑えながら、ヘラッと笑うのだった。


 機嫌を直した山井兄妹は、店内でこちらの様子をニヤニヤしながら見ていた常連客たちに向かって、事の顛末を説明しに行き、明日からは毎日俺の手品が見れると盛り上がり、他の常連客達にも色々と伝えてくれるようにと約束を取り付けていた。


「ユウ!期待してるぞ!」


「ユウちゃん!私達も毎日来るね〜!!」


 そんな言葉をかけてくる常連客達に軽く手を振り、肩を竦めた。


「だから言ったじゃないですか!作るにしても、もう少し上手く作らないからこうなるんですよ!」


「いや、あの時咄嗟に思いついたけど、お前も止めなかったじゃねえか」


 楓と暫し睨み合ったがお互いに諦め、ため息をついた。


「まぁ、私は少し楽しみでもありますけどね。ユウさんのアレ見れるんだし…えへへ」


 嬉しそうにしやがって。


 どうせ明日も来るのだからと、その日は帰ることにした。

 帰る間際、さっちゃんに話しかけられた。


「ねえユウちゃん、そのゲンって人だけどさ、本当に良い奴なわけ?ブルージェイルってのはさ、基本脳筋で単純バカ集団だけど、証拠もなしに動かないんだよ?」


 明日はゲンも連れてこようと思いながら、楓を家に送る事にした。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る