第14話 剛腕
「ユウさん…」
只事ではない光景を見た楓は、俺の服をギュっと握り、後ろに隠れようとする。
「おいおい…どういう状況なんだよこりゃあ」
俺の呟きに気付いたのか、ゲンを見下ろしていた男が、ゆっくりと俺の方に視線を向けた。
「騒がせて悪かったな。無関係なやつに迷惑をかけるつもりは無い。気をつけて帰れ」
静かに喋る男は、こちらに興味を無くしたかのように、再びゲンを見下ろした。
訳が分からない。喋り口調からこの男は、たまたま会った人に、その場の勢いだけで衝動的に暴力を振るう感じはしない。まぁそう思うのは、他に何の根拠もないということもないが。
だとすれば、何故ゲンを害そうとしているのか。
いや、もしかしたら倒れているゲンを介抱しようとしているのかもしれない。
「なぁあんた、そいつが何かしたのか?」
「関係ないだろ。帰れ」
やっぱりこの男が手を出したようだな。
「悪いが、関係者だ。そいつは俺の友達だからな」
そう声をかけると、蹲っているゲンをそのままにして、男は身体ごと此方を向いた。
男は俺を探る様な目で見て、楓に目を止めた。
暫く楓を見ていた男は、憎悪の炎を溜め込んだ瞳を俺に向けてきた。
「友田元気の関係者か。お前も来て貰おうか」
どうやらゲンの事を知っていて、拐おうとしていたようだな。
しかしあの目はなんだ。明らかにゲンを憎んでいるような目をしているじゃないか。
俺が知っているゲンは、そんなに恨みを買うような人間性ではないと思うが。いや、逆恨みって線もあるか。
何はともあれ、男は此方に向かってきている。
楓は震えながら、益々力を込めて俺の服を握っているが、やめて欲しい。服が伸びる。
「ユウさん!いくらなんでも、あんな人には勝てないですよ!取り敢えず逃げて、警察呼びましょうよ!」
震えた声で最もな事を言う楓。
「楓、ちょっと下がっててくれ」
いい歳して何やってんだかな、俺は。
楓の手を振り払い、男に向かっていく。
呼吸を整え、軽く拳を握りこんだ。
「死なない程度に動けなくさせて貰う」
そういうや否や、男は走り出した。
デカい癖に早い。低い姿勢で両腕を前に交差させて突っ込んでくる。
タックルだな。本気で動けないくらいにダメージを与えてくる気らしい。
本気でタックルをしてくる相手を、闘牛士宜しく躱すなんて事は、出来ない。ましてこんな早さのタックルだ。
俺は体勢を低くして、脚を前後に大きく開き構え、男を迎え撃つ。弓矢のように引き絞った脚に力を溜めた。
男が懐に入る寸前に、後ろに引いていた脚を矢を放つように、突き出した。
「っせいやぁぁ!」
男の交差した腕に、気合いと共に放った俺の膝が、鈍い音を響かせ突き刺さり、男の突進は止まる所か、数歩後退する。
交差した腕の向こうから、信じられないように目を見張った男の顔が見える。
男は腕を下ろし、俺に向き直る。
「お前は友田元気の友達だと言ったな?」
「言ったぞ。ゲンは良い奴だ。お前達に狙われる謂れはねえと思うがなぁ、ブルージェイル」
腕のバンダナを見てピンときていた。
「俺達を知っていて、こいつを庇うのか?」
ほらな。間違いなくこいつはブルージェイルだ。
俺と男が睨み合っていると、スマホを片手に楓が騒ぎ出した。
「い、今警察呼びましたからね!す、すぐ来てくれるって!」
男は不可解な顔をして暫くの間楓を見ていたが、やがて目を逸らし、舌打ちをして踵を返した。
「おい、もうゲンには手を出すなよ」
「…お前の顔は覚えた」
あ〜もう、めんどくせぇ。
関わりたくないんだがなぁ。
「俺もブルージェイルも、友田元気は許さない。お前が邪魔するなら次は潰す」
男はゲンの側まで歩いて行き、一度ゲンを見下ろして、自動販売機を殴りつけた。
ドガァ!という音を立て、販売機の前面が大破して、ドリンクが道端に転げ落ちた。
男は出てきたドリンクを拾い上げ、此方を振り向き、俺に投げて寄越す。
「俺は
「なん…だと」
マジか…
男はそのまま、ゲンを置いて闇夜に消えていった。
「ねぇねぇ、ユウさん…四天王ってなんですか?」
「俺に聞くなよ…」
ヤバくない?
四天王だぞ?真面目な顔して言ってただろ?
剛腕の楽太郎って。
いやいや、そう言えばそうだった。ブルージェイルってのはそんな事を本気で言ってしまう集団だ。
「はぁ〜…なんか色々台無しだぞ」
「ですよねぇ。シリアス何処に行ってしまったんでしょうね?…って、ゲンさん!」
そうだった。衝撃的すぎて忘れる所だった。
四天王とかバカな事言ってたけど、その剛腕ぶりは本物だった。ゲンが心配だ。
俺達はゲンに駆け寄った。
「ユウさん、ゲンさんは大丈夫そうですか?」
ゲンの様子を伺うと、殴られたような外傷は見受けられなかった。
恐らく自販機に叩きつけられて、その衝撃で気を失ったってところだろう。
「多分大丈夫だと思うが、一度病院に連れて行くか。頭でも打ってたら厄介だしな」
「そうですね。救急車呼びましょう」
その場で暫くの間、警察と救急車を二人で待ち、今更ながら先程の興奮が甦ってきた楓の、俺に対する称賛にうんざりしながら、剛腕の楽太郎が投げて寄こしたドリンクをあけて、コクリと飲んだ。
「なんで寄りにもよって夏にコンポタなんだよ…」
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