第13話 誤解
「いいなぁ〜!もう一回やって下さい!」
店内の雰囲気で分かったのだろう。
俺は偶にこんな手品紛いの事を店でやる。それを楓も知っているから、もう一度とねだってくる。
毎日やる訳では無いし、客も何時やるか分からないから、ちょくちょくこの店に顔を出すって人もいる。
「今日は終わりだ。残念だったな」
「えぇ〜!ケチ!ねぇ?そう思いませんか?…誰?」
一人で騒ぎ出し、先程俺とジンさんのパフォーマンスを見た二組の常連さん達から笑われ、俺と一緒に飲んでいるゲンに同意を求める。
誰か分からないようだが、ゲンの事は一応楓も知っているけれど、何と説明したものか。
「えーっとな。なんて言ったらいいか…この間女の子が追いかけられていただろ?」
ゲンの事を説明しようとした俺を見て、ゲンはとても嫌そうな顔をする。
しょうがねぇじゃねーか。あの時は間違いなくそんな状況だったし、それを誤解だと説明しないといけないからな。
「………あー!!あの時のストーカー!!ユウさん何でストーカーと飲んでるんですか!」
大声でストーカーと連呼するものだから、ジンさんを含めた店内の全員が、ギョッとしてゲンを見た。
ゲンは泣きそうな顔で頭を抱えている。
「楓、違うから。皆も、誤解だから。ゲンはとてつもなく良い奴だから」
「何が違うんですか!女の敵じゃないですか!ユウさんも見たでしょ?上半身裸で…むぐぅ!」
余りにもうるさいので、俺の後ろからゲンを糾弾している楓に振り向き、引き寄せて口を手で塞いだ。
もごもごとまだ何か言いたそうな楓の耳元で、「誤解だ、落ち着け」と諭すと、何故か嬉しそうな目をして、抱きついてくる。
「何やってんだお前は」
「あ、いや、近かったので、ちょうどいいと思って」
ちょうどいいってなんだ。
俺は楓を引き離して、ゲンの事を説明する為に隣に座らせた。
「おつかれ。楓、飲み物は?」
「あ、ジンさん。取り敢えずビールで!」
「分かった。お前、吹っ切れたな。ユウに抱きつくとか今までしなかっただろ」
「そうなんですよ!ユウさんが余りにもヘタレなんで、私から告白したんですよ?それでなんと振られそうなんです!」
注文を取りに来たジンさんが、からかうような目で俺を見ながら、楓と話している。
なるほどな。ジンさんは楓の気持ちを知ってたって事か。俺は別に物語に出てくる鈍感系主人公のような男ではない。しかし、楓が俺の事を恋愛対象だと思っていたなんて、本当に思わなかったのだ。実際、兄のようだと言われた事もあるしな。
「そういえば、さっちゃんは?店に出てないよね?」
「ああ、サチは里帰りだ」
ジンさんの店は、二人でやっている。
ジンさんと、ジンさんの妹である
楓はさっちゃんと同じ歳で、俺が楓をここに連れて来た時に意気投合し、同郷だというのもあり、プライベートでも仲良くしているようだ。
楓とジンさんが色々と話している間、ゲンは居心地悪そうにしていて、慌てて俺がフォローをする。
「いいからジンさんはビール持ってこいよ!」
「ああ、悪かったな」
俺は楓にゲンの事を説明し、スマホに入っている写真等も見せ、ひとまずは誤解が溶けた。
「怖ぇ写真だなおい…」
スマホに入っている写真を出していると、ビールを持ったジンさんが、覗き込んでくる。風呂場での写真を見ながら、苦笑いをしている。
もう一枚の、メールに添付されている写真を見たジンさんは、片眉を上げただけだったが。
事情を知った楓もゲンに同情し、その日は三人で飲み、また一緒に飲もうと約束して、解散する事になった。
帰り際、ゲンがジンさんに、今度一人でも飲みに来いと声をかけられていた。
店を出て、暫く三人で歩く。
俺は楓を送る為に、途中でゲンの帰る方角と分かれ道になっている所で別れる事にした。
「今日はありがとうな。気を付けて帰れよ」
「ゲンさん、またね!」
俺と楓がゲンに手を振ると、ゲンも笑顔で応えてくれた。
「ああ、楽しかった。またな」
そう言いながら、ゲンは俺達とは別の道へと帰って行った。
「ゲンさん良い人でしたね」
「だよなぁ。良い奴ってのは何故か損するもんだな」
そんな事を話ながら、俺達も歩き出そうとすると、ゲンが帰って行った方から何かが割れたような大きな音がした。
俺と楓は顔を見合せ、ゲンが酔っ払って何かを壊したかもしれないと苦笑いして、音のした方に向かった。
先程ゲンと別れた場所から、ゲンが歩いていった方に進んでいくと、人影が見える。
薄暗い夜道に、街灯替わりに置かれているような自動販売機の前面が、何かを叩きつけられたかのように壊れ、バチバチという音を立て、チカチカと点滅している光に照らされながら、蹲っているゲンと、それを見下ろしている、タトゥーをした腕に青いバンダナを巻き付けた大男がそこにはいた。
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