第11話 アウトドアショップ
ゲンのホームページは、日記のようなものになっていた。
今回はここに行った、と地図やキャンプ施設の写真などが貼ってあり、感想が綴られている、割とありふれたものだった。
見ている人もそこそこいるようで、同じような種類のキャンプをしている人や、キャンプをしてみたいけど、最初に揃えないといけない物を教えて欲しいという質問などに丁寧に答えていて、好意的な人が多い。
俺もゲンのページに、よろしくと書き込んだ。
直ぐに反応があり、本当に行くならと、最低限必要な物を教えてくれたが、そこに次から次へとレスがある。
あれも必要、これも必要と、どんどんと増えていく様を見て苦笑いする。
ページを見ている常連さんたちが、良かれと思って教えてくれるのだろうが、これだけ揃えたら、いったい幾らになると言うのか…
中でも、『ボルドー』と名乗る人はキャンプ熟練者なのだろうが、勧めてくるものが訳分からん。
ビンテージのテント(三十万円)や、ビンテージのランプ(八万円)など、正直俺には必要のないものばかりだ。
それに対して、『ゆらゆら』と名乗る人は、最近キャンプを始めたばかりで、多人数でやるキャンプが好きなようだが、一人ならこれくらいでいいんじゃないか?と、親切に教えてくれる。
これにはゲンも賛成しているし、値段的にも初めやすい。
テントもランプも、『ボルドー』が勧めてきた物の、十分の一程度だ。
ゲンと『ゆらゆら』が勧めてくれた物にしようと書き込むと、『ボルドー』は面白くなさそうにしていたが。
知らない世界に足を踏み入れる時に、知っている人がいると心強いものだと思う。
スマホを出してゲンに連絡を入れ、後日アウトドアショップに付き合って貰えるように頼んだ。
平日でもいいと言うので、ゲンの空いている日にちを確かめると、三日後が良いとなり、その日の仕事終わりに連絡をする事にした。
アウトドアショップに行く前日、仕事が終わり、更衣室で着替えをしていると、ハジメが入ってきた。
「おつかれーっす!ユウさん、また飲みに行きましょうよ?」
「飲みに?…いつ?」
「何時でもいいっすよ?明日とかにします?」
「あ、わりぃ。明日は用事がある」
ハジメは少し驚いたような顔をする。
それもそうだろう。俺は基本的にプライベートで用事などない人間だ。
「おやおや?彼女でも出来たっすか?」
「彼女じゃねーよ。男だ」
「ちょっ!ウソっすよね?」
「何がだよ」
「ユウさんって男が好きなんすか?」
恐る恐るという感じで馬鹿な事を聞いてくる。
「んなわけねぇだろ。俺は女が好きだし、女のパンツが見えるなら、恥ずかしがって目を逸らす事すらしない男だぞ?」
「流石っす!男っす!尊敬するっす!」
「用事ってのはな、ちょっと趣味を作ろうと思ってな」
「何やるんすか?」
「キャンプだ。アウトドアだ。最近知り合った奴が詳しくてな、教えてもらうんだよ 」
「あ、いいっすね。ユウさんが慣れたら僕に教えてください!」
「ん?いいぞ」
軽い男だ。何故か懐かれているが、こいつは俺にマイナスの感情を持っていないと感じ取れるので、仲良くしている。
ハジメに帰りの挨拶をして、職場を出た。
黄昏時、河川敷を歩いていると、見覚えのある女の子が座っていた。ゆかりだ。川の方を眺めているが、その視線は川に定まっていないようだった。
何か悩み事でもあるのか、そんな表情をしていると思った。ゆかりが他の人といる所を見た事がないので、いじめにでもあっているのかと思ってしまうが、本当の所はわからないな。
「学校終わったのか?」
放っておけなくて、思わず声をかけてみた。
ゆかりはいきなり声をかけられたことで、ビクッとしながらこちらを見た。
「あ、お久しぶりです!」
引き攣ったような笑みで、そんな事を言う。
しまった、いきなり声をかけて、びっくりさせたようだ。
「驚かせたな、ごめんごめん」
「あ、いえ」
ゆかりは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「やっと夏服になったな?」
そう、この前まで冬服だったのだ。
「え?はい!えーっと松田さんは仕事帰りですか?」
「そうだよ。ゆかりちゃん、最近この辺りも変なのが出るから、暗くなる前に帰りなよ?」
「はい!ありがとうございます!」
嬉しそうに笑う彼女を見て、先程の心配は杞憂であると思った。
俺はゆかりにお別れ挨拶をして、その場を後にした。
少しして振り返ると、ゆかりの元に二人の学生が近づいていたが、不審な気配はなく、いじめられているようではなかったので、ほっと息をつき、家に帰った。
次の日仕事が終わり、ゲンと合流すると、アウトドアショップに向かった。
「おつかれ!ゲン、今日はよろしくな」
「おつかれです。この前言ったが、ネットで買った方が色々と便利だから、今日はその下見だと思ってくれ」
「ん。了解だ」
店に入るとキャンプ用品コーナーに一直線だ。
最近は流行っているようで、コーナーも充実している。
わけも分からず眺めていると、ゲンが説明を始めた。
「どうだ?俺は流行りが始まる前からキャンプをしていたが、最近流行り始めたお陰でコーナーがでかくなってな!ほら見てくれ!一人用のテントなんて、店頭でこんなに品揃えなかったんだぞ!良くも悪くも流行りってやつはなぁ!いやぁ、素晴らしい!!」
「……え?」
心做しか、いや、明らかにゲンの様子がおかしい。
ここに来て、言葉を発する度にテンションがおかしな事になっていく。
俺の中のゲンは、寡黙でとても良い奴なんだが、ここに来るとこいつは聞いていないことまで喋り出す。
まぁ楽しそうだからいいか。
「これだ!ユウさん、これだよ!初心者だったらこれくらいから…あ」
フムフムとゲンが楽しそうにする説明を聞いていると、途中で説明が止まり、俺の背後に目が移っていた。
「友田じゃないか。おつかれ」
振り返ると、イケメンが立っていた。
「あ、ああ、沢村か…」
「お前がショップに来るのは珍しいな?」
「まぁ、この人の付き添いだから…」
「そうなのか?こんにちは、沢村です。キャンプやってる人なんですか?」
気安く話しかけてくるが、ゲンの様子がおかしい。
苦手なタイプなんだろうな。
「はじめまして。松田です。キャンプを始めようと思ってて、今日はゲンに色々と教えてもらおうと思って、連れてきてもらったんですよ」
沢村は何度か目を瞬いて、ゲンと俺を見る。
「へぇ〜。こいつに?やめた方がいいですよ?しょうもない安物とかばっかり勧めてきますよ?」
ニヤニヤとしながらゲンを見ているが、そのゲンは下を向いている。
非常にめんどくさい。
「ふぅ〜ん。今日は見に来ただけだから。ゲン、帰るぞ」
俺はその場を立ち去る事を決め、ゲンを伴って店を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます