第10話 佐伯 楓 2

 仕事をする上で、必要な資格があった。

 フォークリフトの資格。五日ほどの講習で取れるという事で、私ともう一人、私が移動してくる一月前に入社してきた新入社員の『川田かわだはじめ』で取りにきた。

 川田君は二十歳で、いつも人懐っこい笑顔をしている、私とは真逆の男の子だ。

 誰とでも仲良くなれるタイプなのだと思う。


 休憩時間、食事をしながら川田君と会話をした。私の事は責任者から全社員に通達されており、知ってるけれど、媚びへつらうでも、敬遠するでもなく、普通に接してくれた。

 この辺りは親会社と子会社の違いだろうか、『三組』にいる時よりも、普通に接してくれる社員が多い。


「佐伯さんには教育係でユウさんがついているんすよね?」


 …ユウさん?ああ、松田さんの事ね。


「あー、うん。そうだね」


「俺はユウさんみたいになりたいんすよね」


 はぁ?あんな人みたいになりたいとか、意味がわからない。

 プライベートは知らないよ?でも仕事は、あきらかにやる気ないでしょ。一度責任者に聞いたことがあるけど、昇進も断ったとか、その理由が責任を持ちたくないとか聞いたら、仕事に対する心構えなんて御察しでしょう。


「川田君、それ本気で言ってるの?」


「え?本気ですよ?凄い責任感強い人で、面倒見もめちゃくちゃいいじゃないすか?」


「そうかしら…」


 あの人はやる気ない人なのよ?


 そりゃね、初日から私のダメな所を叱ってくれたり、分からない事があったら夜遅くまで付き添って教えてくれたりしたけどね…


「私はあの人の事、仕事に不誠実で、やる気のない人だと思っているけど」


 そう言うと川田君は、驚いたような顔をした。


「へぇ〜、流石佐伯さんですね。俺なんかと人生経験が違うんだろうな…」


「そ、そんな事はないわよ」


「うん、でも、佐伯さんがそう言うなら、ユウさんってダメな人なんでしょうね。そっかぁ、騙されてたな」


 騙されてたって…

 あなたが勝手に誤解してただけでしょ。


「でもあれっすね。こんな新入社員を騙すなんて、あの男ろくなもんじゃないっすね。僕、あいつには負けませんよ!」


 何を言ってるの?ユウさんから、あの男になって、最後にはあいつって。

 そんなにコロコロ態度を変えるあなたの方が、ろくなものでは無いと思うのだけれど。


 水を得た魚のように、川田君は松田さんの悪口を並び立てる。


「ほら、あいつそこそこイケメンじゃないっすか?前から気に食わなかったんすよね〜。絶対女とか侍らせてますよ?」


 仕事とは関係の無い事まで言い出し、私の心はザワザワと騒ぎ出した。

 本人がいない所であることない事並べ立てる行為。完全に陰口だよね。私もされていたと、身に覚えがあるから、それは聞いていて、私をイライラとさせる。

 これ以上は聞いていられないと思い、私は口を開いた。


「あなたに松田さんの何がわかるの?彼は人の陰口なんて言わないし、あなたとは違って、芯の通った人よ!」


 思わず口をついて出た言葉に、私自身が驚いた。

 芯の通った人と、私は思っていたようだ。


 それを聞いていた川田君は、驚くでもなく、ニヤニヤとしていた。

 これは嵌められたようだ。


「でしょ?僕もそう思ってます。いや〜、佐伯さんの誤解が解けて良かった良かった!」


 顔が赤くなっていくのを感じた。

 満足そうに笑いながらこちらを見てくる視線に耐えられなくて、机に突っ伏した。


「川田君…」


「はい。なんすか?」


「私、あなたの事苦手だわ」


「えぇ〜!仲良くしましょうよ!同じユウさんリスペクトどうし!」


 その言葉に思わず伏せていた顔を上げ、川田君を睨みつけた。


「私が松田さんをリスペクトしてるって?」


「違うんすか?」


「……違う」


「そうっすか?」


 尊敬しているのは両親。松田さんを尊敬しているなんて、思ったことも無い。

 でも考えてみると、松田さんは信頼出来る人だとは思っている。仕事に関してではなく、人として。

 川田君にそう言うと、意外な事を言われた。


「人として信頼っすか?家族みたいなっすか?」


「家族みたいな?…それはどうなんだろう」


「ほら、女の人ってよく言うじゃないっすか?仲のいい男の事を兄弟みたいとか」


「兄弟…ああ、兄弟ね。兄みたいな信頼って事なのかな…」


 そう言われるとそうなのかもしれない。仕事に関しては信頼していないけど、一緒に仕事をしていると、その為人が分かってくるものだ。

 だからこそ、陰口を叩いたりしない事もわかるし、出世欲もないから私に対して遠慮もないし、社長の娘としてではなく、一人の人として接してくれる。


 初めてかもしれない。


 学生時代も、友達なんか作っている暇もなかったし、そのまま親の会社に入ったから、私は利害関係のない人付き合いなんてした事がなかった。


「…ふふっ。そっか」


「お?どうしたっすか?僕初めて佐伯さんの笑顔見たかも」


「そんな事はないでしょ?笑った事位あるはずよ?」


「いやいや、営業スマイルじゃなくて、普通に笑うとめっちゃ可愛いですね?付き合ってくれますか?」


「ぷっ…あははは!馬鹿じゃないの?君みたいな軽い男の子、絶対にお断りします!」


「ひどい!軽くないっすよ!?」


「軽いって。松田さんを見習いなさいよ。彼の物言いは、なんだか軽いようで、言ったことはちゃんとするでしょ?」


「そうなんすよね〜、って言うか、ユウさんと比べないで貰えますか?」


「そうね、比べる相手が悪かったわ。だって彼は私の兄みたいな人だから、あなたなんかと違うのよ?」


「僕も頑張ります!」


 色々な事が分かり、スッキリとした気持ちになった。

 無事に資格を取得して、翌日からは職場での仕事に戻る。


 その頃から私は、松田さんに対する目と、態度が少しづつ変わっていった。


 そうとは気が付かなかったけど『お前、なんか最初の頃と印象が違うんだけど…』なんて言われて気がついたんだけどね。



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