第8話 二人飲み会
「偶にさ、ここでバイトっつーか、手伝いしてるんだよ」
ボロい民家を改装して作られた『居酒屋ポーテ』
二階建の一階部分を店舗としているここは、それ程大きな店ではなく、少しだけ変わった作りをしている。
カウンターには八席があり、フロアの一番奥にはC形のテーブルがある。そのテーブルもカウンターになっていて、五席とられている。
テーブル席は四セットある。
店の外側にある階段があり、二階に上がると、この店のオーナー、
連れて来た男を店の前に待たせ、一人で二階に上がり、呼び鈴を鳴らす。
数秒後、ゆっくりと扉が開いた。
「おぅ、鍵だ」
中から現れたのは山井 仁、俺が世話になっているジンさんだ。
先程寝たばかりと言っていた通り、眠そうな、目つきの悪い男だ。
黒と紺色のボーダー柄のニットキャップを目深に被り、眉毛が見えない所が、余計に目つきの悪さを際立たせる。
真っ黒い長髪で、ニットキャップから出ている。
普段からニットキャップを被っているが、恐らく寝癖を隠す為に今被ったのだろう。流石に寝る時は脱いでいるはずだ。
「わりぃっすね。ちょっと飲ませたい奴がいて」
そう言いながら鍵を受け取ろうと手を出したが、ジンさんは俺の手の上に鍵を乗せようとした所で動きを止め、ニヤリと悪そうな顔で笑った。
「女や?」
この人も同郷だ。
同郷の人間と話すと、方言と標準語が入り交じる。
標準語を話そうとして、ついつい方言が出ても恥ずかしくはないので、なんとなく気を置けない仲だ。
「はぁ?なにいってんの?」
「またまたぁ、楓は知っとーとや?」
「いやいや、女じゃねーって」
「…つまらん。お前さ、女作らないのか?楓は?」
「出会いがないだけ。ジンさんは、楓が俺の事好きだと思ってんの?あいつそんな素振り見せてないだろ?なんつーか、親戚みたいな好意は感じてたけど」
いきなり告白された感じがしたんだよな。
「……。マジで言ってんのか?まぁいいけど。俺は寝る。鍵はいつもの所に入れとけ」
ジンさんは興味をなくしたように、眠そうな顔をし、欠伸をしながら部屋の中に入って行った。
俺は溜息をつき、いつの間にか手の上にある鍵を握りしめ、店の前に降りた。
「鍵開けるから中に入ってくれ」
俺は男を伴って店内に入った。
店内の照明を点け、男をカウンターに座らせる。
「適当にツマミ作るから、飲み物は何にする?」
「んじゃ、酎ハイで」
そうだな。酒が得意じゃないみたいだし、その辺が適当だろう。
「分かった。食えないものは?」
「特にないが、まだ午前中だからな。あんまりしつこい物は遠慮する」
この店のオススメは鍋とラーメンだ。
どちらもアウトだ。
しゃあない、店の冷蔵庫を漁ることにする。
ナスの揚げ浸し他、なるべくあっさり系のツマミを幾つか準備して、俺は自分がキープしている焼酎をつくって男の隣に座った。
「改めて、本当に悪かった!」
「ああ、俺も暴力は好きではないと言いながら、いきなり殴りかかるような真似をしてすまなかった」
「いやいや、あれを見せられたらお前の混乱も理解出来る。あ、いやお前って言うのも悪いな。俺は松田夕と言う。おま…あんたの名前は?」
「俺は
なんだか名前も善人な響きだ。
「なんて呼べばいいかな?因みに年齢はいくつ?俺は26歳だ」
「なんとでも呼んで貰ってもいい。俺は24歳だ」
意外な事に歳下だった…
「そうか、じゃあゲンって呼ばせてもらう。そっちも好きに呼んでくれ」
「分かった、じゃあユウさんって呼ばせてもらう」
それから俺達は色々と話した。
ここに連れてきたのは謝罪の為だったが、話してみるとやっぱり良い奴で、それなりに楽しかった。
「しかしこの前の女って、本当にゲンは知らない人だったのか?」
「知らない。と言うか、顔もよく見えなかった。覚えてるか分からないけど、前髪が…」
そう、あの女は前髪が長く、顔が隠れていた。
まるでどこかの和製ホラーに出てくるお化けのようだった。
尤も、俺は全力で走ってくる女を暗がりで見ただけだし、状況的に女を追ってくる男に目がいっていたので、その場ではそう思わなかったが、ゲンのスマホに写っている女は、不気味に見えた。
「ユウさんはあの時、あの女と話はしたのか?」
「あー、ほんの少しだけな。知ってる人かって聞いたら、知り合いじゃない、ストーカーだって」
「くそっ!どっちがストーカーだ!」
本当だよな。証拠もあるし。
とはいえ、どこの誰かもわからないのだし、警察に連絡をしたとしても、女のストーカーなんか真面に取り合ってくれないだろう。
本当にストーカーなのかどうかも分からないし、男と女が逆の立場だった場合、衝動的な覗き行為と言う可能性もある。
ただし、メールを送ってくるというのが、衝動的ではないと示している。
「取り敢えず様子見するしかないだろう」
「…ユウさん、良かったら今度またこんな事があったら相談に乗ってもらえないか?」
「ああいいさ。またあったらなんて言わないで、普通に飲もう」
「ありがとう。正直こんな相談が出来るやつがいないから、助かる」
俺はゲンと連絡先を交換する。
「ゲンはあんまり友達いないのか?彼女は?」
「俺もここが地元じゃないからな。仕事をしていたら同僚は出来るけど、友達は中々…彼女は、出来た事がない」
「趣味の友達とかは?」
彼女の件は聞かなかったことにした。
「一人でキャンプするのが俺の趣味なんだ」
一人でか…
でも趣味があるのは羨ましいな。
「楽しそうだな。ゲン、俺にも教えてくれよ」
「いいよ。なんなら俺が作ったホームページがあるから見てみてくれ。キャンプを初めたい人なんかの質問にも答えたりしてるから」
そう言ってゲンはアドレスが載っている名刺を俺に差し出してくる。
後日また飲もうと言うことで、店を出た。
ゲンを見送った後、店の戸締りをして、二階に見える窓の、サッシ部分に括りつけてある小さな箱に向かって鍵を投げ入れた。
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