第7話 ストーカー野郎

「な、なんなんだお前は!」


 ストーカー野郎を追いかけた俺は、走り疲れた変態を漸く追い詰めた。


「なんなんだじゃねえだろ。俺の顔を見て逃げやがったんなら、お前まだ懲りずに変な事しようとしてんじゃねえのか?」


 男は物凄く嫌そうな顔をして、顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「ふざけんな!俺を蹴り倒したやつを見たら逃げるだろうが!それに変な事したのはあの女だ!」


「……は?」


 意味がわからない。何言ってんだこいつ。


「お前なぁ、こっちは、お前が女の子を追いかけ回してるの見てんだぞ?」


 男は舌打ちしながら、ポケットからスマホを取り出した。


「くそっ!これを見ろ!」


 男はスマホの画面をこちらに向けて突き出してきた。


 その画面には、男本人の横顔が写っている。

 正直余りカッコイイものではない。

 男自身は、短髪で身綺麗にしているものの、言うなればゴリラのような顔をしている。


 …何コレ。


「自撮りしてんのか?そんなもの見せられて俺にどうしろってんだ?」


 やはり男は嫌そうな顔をしながら、ため息をついた。


「ちげーよ!メールで送られてきたんだよ。いつ撮られたのか俺だって気付かなかったこんな写真。おかしいだろ、こんな近くから撮られたら気付くはずだ」


 スマホを持つ手をワナワナと震わせて俺を睨みつける。


「それであの女の子がそれを送り付けてきた犯人だって言うのか?」


「わからん。でもあの女が怪しい」


「わからんってなんだよ。あんな事しといて違いましたじゃ洒落にならんだろ」


 男は疲れた顔をしながら、スマホを操作する。


「このメールが届いた時、俺は家にいた。んで、風呂に入ってた。スマホを持って動画を見ながらゆっくり風呂に入るのが好きなんだ。動画を見ていたらメールが届いた。マジでさ、凍りついたよ。すげぇ怖くなって動けなかった。そしたら背後にある風呂の窓から人の気配がしてさ、振り向かずにスマホで写真を撮った」


 そう言いながら俺に写真を見せてくる。


 そこに映っていたのは、少しだけ開いた窓からこちらを覗き込む女の顔。


 ゾッとした。

 心霊写真じゃねーかよこれ。怖っ!


「……これがあの女か?」


「そうだ。写真を撮られたのを気付いたあいつは、慌てて逃げ出した。だから俺も急いで追いかけた。そこでお前に蹴り倒された」


「それは、まぁなんて言うか…すまんかった」


 勘違いしていた事に気付き、頭を下げた。

 しかし、それだけじゃ申し訳ない。


「ほら、一発殴れ」


 俺は殴られる覚悟をして、男にそう言った。


「…もういい。謝ってくれたし。お前はあの女の仲間かと思ったんだが、そうではなさそうだしな。それに暴力は好かん」


 おいおい、こいつ良い奴じゃねーか。

 ますます申し訳ない気持ちが募る。


「そ、そうか…悪かったな」


「お前はあの女の事を知らないんだろ?じゃあもう追いかけてこないでくれ。迷惑だ。じゃあな」


 そう言いながら、俺の横を通り抜けていく。

 俺はその男の肩をガシッと掴んだ。


「なぁあんた。その…今日は暇か?」


「…はぁ?まぁ宛もなくあの女を探し回ってただけだからな。暇と言えば暇かもしれないが…」


「一杯奢らせてくれ!」


 俺は出来る限り爽やかな笑みを浮かべ、男の肩を組んだ。


「…?こんな朝っぱらからか?」


 そうなんだが…

 俺は行きつけの居酒屋がある。


「飲める場所はあるんだ。良かったらどうだ?」


「…あんまり酒は得意じゃないが、詫びって言うなら付き合ってやってもいい」


 なんて良い奴なんだ。

 得意じゃないという酒を、俺の申し訳ないという気持ちを汲んで、付き合ってくれるという。

 俺はこんな良い奴を蹴り倒したのか。


 話す度に、ザクザクと心を刺す罪悪感に耐えながら、それでも俺は、自分自身の罪悪感を消す為に、男をナンパする事に成功した。


 俺はスマホを取り出し、知り合いに連絡を入れる。


『ユウか?なんだ朝っぱらから』


 少し嗄れたような声が通話口の向こうから聞こえてきた。寝ていたのだろう。


「あ、ジンさん?ちょっと飲ませて欲しいんだけど?」


『ふざけんなよ。俺はさっき寝たばっかりだぞ』


「いい、いい。俺が勝手に飲ませてもらうからさ」


『…ならいいぞ。鍵渡すから家に来い。金は貰うぞ?』


「わかった。ありがとうな!」


 通話を切って、男に向き直った。


「じゃあ、行こうか」




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