第5話 変な女達

 楓は完全に起きたようなので、家に帰らせることにした。

 とはいえ、夜も遅い。楓の家はそれ程遠くないので家まで送る事にした。


 家から暫く歩くと、河川敷沿いの道を進む事になる。ぽつんぽつんと設置してある街灯では、所々暗くなっている場所もあり、治安は悪くないとはいえ、女の一人歩きは余りおすすめできたものではない。


 楓は俺の隣をニコニコとしながら歩く。

 さっきふられた相手と笑顔で歩くなんて、どうなってんだかな。


「ユウさん、送って貰って申し訳ないです!」


「はぁ…申し訳ないって顔かよ」


「そんな事ないですよ。本当に申し訳ないないと思ってますからお礼に…家に寄っていきますか?」


 潤んだ瞳で上目遣いをしてくる。


「なるほどな、それが勉強の成果か」


「どうですか?なかなか様になってるでしょ?」


「お前さぁ…もういい」


 呆れて言葉にならない。とっとと送り届けよう。


 川沿を歩き、楓の家までもう少しという所まで、くだらない事ばかり話しながら進んでいると、前から全速力で走ってくる人影が見えた。


「ん?なんだあれ?」


「なんですか?…あ、走ってきますね。女の人かな?」


「女だな。でも、あれは…」


 よくよく見ると、走ってくる女の後ろから、もう一人走ってくる人影が見える。其方はなにか叫びながら走っている。


「ユ、ユウさん!なんか不味くないですか!?」


「…ああ、痴漢か?」


 そんな事を話していると、先に走ってきた女の方が近づいてきた。恐怖なのか顔を引き攣らせながら。此方に気が付いたようで、ハッとしたような顔をして叫んだ。


「助けて下さい!」


 俺と楓の間を通り抜け、後ろに隠れる。


「何があったんだ?」


 楓は走ってきて息が上がっている女の子の背中を摩り、落ち着かせようとしている。


「お、追われているんです」


「どうしたの?知り合いじゃないの?」


 楓が怯えているような様子の女の子を落ち着かせるように優しく聞くが、震えながら、ブンブンと顔を横に振る。


「し、知り合いなんてとんでもない。ス、ストーカー…」


 涙を流しながら、震えている。


 うん、これはただ事じゃないな。


「おっぱらえばいいな?」


 女の子は顔を伏せながら小さく頷いた。


「よし、ユウさん!やっておしまいなさい!」


 腰に手を当て、追ってくる男を指さし、俺に命令する楓。


「うっせえバカ。まぁ任せとけ」


 男は目を剥きながら走ってきた。

 此方に気が付いた男は三メートルくらい離れた所で立ち止まる。


 その姿は上半身裸で、汗なのかびしょびしょに濡れている。手にはスマホを持っているようだ。


 男は血走った目で叫び出した。


「なんだお前は!その女をわたせ!」


 肩で息をして、ゆっくりと近づいてくる。


「落ち着けよ。女一人追っかけるなんてみっともねーぞ」


「うるっせぇ!!どけ!」


 半狂乱状態の男は、俺に向かって腕を振り上げた。


 めんどくせぇ。

 俺は半目になって、殴りかかってきた男の右腕を左腕で弾き、踏み込んで膝を腹筋に叩き込んだ。


「ぐはっ!」


 男はくの字に身体を曲げ、その場に崩れ落ち、胃の中の物を吐き出す。


「流石ユウさん!空手有段者!」


 後ろから弾んだような声で楓が宣う。

 俺は苦笑いして、楓を振り返った。


「やかましいわ。…あれ?女の子は?」


 楓の傍にいたはずの女の子がいない。

 よく見れば、はるか後方に女の子が走って逃げている姿が見えた。


「あー、行っちゃいましたね。余っ程怖かったんでしようね」


「だな。しょうがねーだろ。警察に連絡するか」


 ポケットからスマホを出し、警察の番号を打ちながら男の方に振り返った。


「あれ?あ、男も逃げてるわ」


「あらー、追いかけますか?」


「いや、もうめんどくせぇ」


 フラフラとしながらも必死に逃げている様子の男を眺めながら、先程まで打ち込んでいた番号を消し、スマホをポケットにしまった。


 目をキラキラさせ、俺の腕に自分の腕を絡ませ、「あんな事があったので!こわかったので!」

 と言う楓を連れて家まで送り、俺を部屋に引きずり込もうとする楓の頭にハリセンを叩きつけ、自宅に帰った。


 翌日は休みだった為、暇を持て余している俺は、河川敷を散歩する。


 川を見下ろせる斜面に座り、携帯灰皿を出し、一服していると、制服を着た女子高生が俺が座っている後ろを歩いて行った。


 休日に制服を着ている事に違和感を感じたが、部活か何かだろうと思い、気にするのをやめた。


「いたっ!」


 不意に、そんな声と、何かを落としたような音が聞こえた方を見ると、先程の女子高生が盛大に転んでいた。


 うん、白か。


 何かを確認した俺は、それどころではないと気が付き、その女子高生の元へ向かった。


「おい、大丈夫か?」


 その子に手を差し伸べながら、声を掛けた。


「いたたっ…はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 俺の手を取り、起き上がった女の子は恥ずかしそうに目を伏せてお礼を言うと、俺を見て動きを止めた。


 不思議なものを見るようなその女の子は、可愛らしい顔をしている。


「あの…お、お久しぶりです」


「……?」


 久しぶりと言われたが、俺はこの子に会った事が無い。…と、思うが。


「あ、うん。ひ、久しぶり」


 向こうが覚えている人に、面と向かって自分が覚えていないと言うのは、非常に言い難い。久しぶりだと言うなら、そんなに会ったことはないのだろうし、今後もそれ程会うことはないだろう。

 取り敢えず、この場だけ取り繕っとくか。


「……」


「……」


 俺が久しぶりと言うと少しだけ嬉しそうな、複雑な顔をしたが、それから何を話していいのか分からず、微妙な空気になってしまった。

 この空気に耐えられず、少しだけ当たり障りのない会話をしてみる事にする。


「えーっと、今から学校?」


「あ、はい!」


 向こうも気まずかったのだろう。食い気味に返事をしてくれた。


「そっか、休日に大変だね?部活かなにか?」


「……そ、そうなんですよ!でも…あ!忘れ物しちゃった!す、すみません!失礼します!」


 ワタワタしながら来た道を帰って行った。


 なんとも言えない気持ちになり、苦笑いして彼女の背中を見送り、先程座っていた場所まで戻り、もう一度タバコをくわえ、火をつけた。


「ふぅ〜…なんだあれ」


 煙を吐き出し、ポツリと呟く俺の隣から視線を感じた。


「女子高生をナンパとはいただけませんね。ユウさん」


「うわっ!!か、楓?!」


 いつの間にか隣に座っていた楓から、ジトっとした視線を向けられていたが、いつから居たのか分からず驚いてしまい、慌ててタバコを取り落とした。


「ユウさん、さっきの女子高生知り合いですか?知ってますか?女子高生とそういう事すると、捕まっちゃうんですよ?」


 ジリジリと俺に迫ってくる楓を両手で押し返し、デコピンをする。


「あいたぁ!何するんですか!」


「誤解だ。手を出す気は無いし、知り合いでもない…と、思う多分」


「はぁ?なんですか?多分手を出さないとか!犯罪者予備軍ですか?」


「バカたれ!多分ってのはそっちじゃなくて、知り合いじゃないって事だ!」


 暫くの間グチグチと何かを言っていたが、漸く誤解がとけた。


「ふぅ〜ん。で、本当に覚えてないんですか?」


「まぁな。でも久しぶりって言われたからついな…話を合わせてしまった」


「確かにこっちは知ってても、覚えてもらえないのは傷つきますからね〜。まぁいいんじゃないですか?」


 腕を組み、訳知り顔でウンウンと頷いている楓に若干イラッとしながら、ふと気が付いた。


「お前なんでこんな所にいるんだよ」


「え?それは前に、ユウさんからこの辺りで散歩することがあるって聞いて、もしかしたら会えるかなぁ〜って…エヘへ」


 可愛い事いいやがって。

 でも付き合わないけどな。


 こいつを含め、昨日からよく変な女に関わるな…

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