第4話 チョロイン
テーブルの前に座り直した楓の前に、コトリとマグカップを置いてやる。
「ほら、ミルクと砂糖置いとくぞ」
「ありがとうございます」
砂糖とミルクを入れて、コクリと飲んでいる楓を眺めていると、視線に気付いたのか此方を覗き込み、カップをテーブルに置いた。
「ユウさんって本当に出世欲とかないですよね〜」
「あ?前から言ってるだろ。何を今更」
はぁ、と溜息をつきながら、俺を見つめる楓はすっかり酔いが覚めたようだ。
あれだけ飲んでたのにな…
「て言うか、ユウさん!返事を下さい!」
「返事って?断っただろうが」
「そっちじゃなくて!あ、いやそっちも考えて欲しいんですけど…」
言いたい事がわかって、俺は天井を見つめながら軽く息をはいた。
「なんて言うか、好意は感じてたが、まさか男女の好意だとは思わなかったからな…男って感じゃなくて、兄貴みたいなもんだと思ってた」
「それで?私の気持ちを聞いたユウさんの答えはどうなるんですか?」
なるほどな、こいつはこいつなりに真剣な訳だ。
それじゃあ俺も真剣に答えなければなるまいよ。
「上司はないわぁ〜」
真剣にそう答えたら、楓は困惑した瞳を向けてきた。
「なんでですかぁ〜!いいじゃないですかぁ〜!」
「何となくな、同僚ならまだしも、上司とか部下は無理かなぁ。俺は対等に付き合えないとダメみたいだな」
「えぇ〜…あ!じゃあ、移動すれば役職的には対等じゃないですか!それに別の会社になるわけですから!流石に社内恋愛以外で付き合ってる女の子の、会社の役職まで気にしないんでしょ?」
「んん?まぁそうだな。別の会社に務めてるならきにならないけど、その前に俺は出世したくねえんだよ。だからお前の提案は却下だ」
楓はまだ納得できないように、何かしらの提案を捻り出そうと難しい顔をしている。
「お前さぁ、なんで俺なんかにそんな事言うんだよ。他にいい男なんか幾らでもいるだろうが」
俺は半ば呆れながらそんな事を言う。
本当に心からそう思っているんだがな。俺は一人で生きていければいいし、女好きするステータスも無ければ、それを取得するための努力をする気も無い。
頬杖をつきながらマグカップを持ち上げ、そこから立ちのぼる湯気を眺めていると、ドンと楓がテーブルを叩いた。
「何言ってるんですか?私にそんな人いたら未だに処女じゃないですよ。私これでもモテるんですよ?でも、今までユウさん以上に惹かれた人いなかったんだから」
「はぁ?なんでだよ。別に何もしてないだろ俺?」
不思議でならない。
「前に倉庫で上から荷物が落ちてきた時、私を庇ってくれたじゃないですか?あの時に感じたんです!運命を!」
物流倉庫で倉庫管理をするのが俺の仕事だ。
以前新人がフォークリフトで作業している時、荷物を上げながら移動して、俺が楓に倉庫内を案内している事に気付かず、俺たちにギリギリ迄接近して漸く気付き、慌ててブレーキを踏んだ。急ブレーキのせいで、持ち上げていた荷物は振動により丁度楓の上に落ちてきた。俺は慌てて楓を抱き締めるような形で庇った事があった。幸い、荷物自体の重さがそれ程でもなく、少し痛かったくらいですんだ。
ほうほう、なるほど。
自分のピンチを助けてくれた俺に惹かれたと言うのだな?
その時を思い出しているのか、楓はキラキラとした瞳で俺を見つめた。
そんなヒーローを見るような目で俺を見る楓に、フッと微笑みかけ、マグカップを下ろした。
「チョロすぎるわ!!」
スパーンと言う素晴らしい音を響かせ、俺は先程作った
「あいたぁ!なんなんですか!あの時のトキメキを一刀両断にしないでください!」
顔を真っ赤にしてぎゃあぎゃあ喚く楓を眺めながら、俺はとても心配になってきた。
いくらなんでもチョロすぎるだろう。小学生レベルだ。いや、昨近の小学生でもここまででは無いかもしれない。
「バカじゃないと?楓が騙されそうで、兄ちゃん心配になってきたばい」
「誰が兄ちゃんですか。まぁそんな訳で好きになったんですけど、それはしょうがないじゃないですか」
そうだな。どんなバカバカしい状況であっても、好きになってしまった気持ちはどうしようもない。
「じゃあ取り敢えずありがとう。でも無理だ」
「えぇ〜…今はダメかぁ。好きな人でもいるんですか?」
しゅんとして項垂れる楓だが、余計な言葉が聞こえてきた。
「今はってなんだよ。好きな人?いねーよ」
「いないんですね?じゃあまだ何とかなるかな!」
「諦めろ」
「嫌です!」
なんと強い精神力か。
これだけぞんざいな対応をされたら、諦めるだろ。
もう好きにしたらいい。付き合いはしないけどな。
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