見えるは青空⑨

「セレン!機材は!?」

「もう全部載せたわ!武器弾薬も一通りは!」

「次、フィオナ!」

「必要最低限の物は載せてあるよ。ボクが一番少ないんじゃないかな?」

「向こうには全部あるんだから……おい、ジョシュア!」

「あいよ、これで全部だ。パンに乾燥肉、パック食品に水、しめて二ヶ月分はあるんじゃねえか?」

「オッサン!そっちは?」

「こいつのバッテリー含めて快調だ。いつでも出せる!」

「シャミア!」

「薬剤含めて一式はあるわ。でも全部は持っていけないけど」

「構わない!ラピスは居るか!?」

「ここ。大丈夫。全部持った」

「よし、あとはこの街がどれくらい持ってくれるかだ」


 最後に乗ってきたセレンに合わせて点呼を取るともう皆の準備は終わったようだ。

 ラピスたちが食糧などを積み込んでいた装甲車に俺らは既に乗り込んで、外の様子を見守っている。この装甲車はそれなりに速度も出るから出るとしたら最後になる。それまでは待機だ。何故かって?一応、この街にも愛着はあるのさ。


「ねぇ、何が起きてるの?」

「ん?ああ、この前要塞フォートの話をしただろ?覚えてるか?」

「うん。確か、一番上にいるのがマザーって言うもので、その下に兵力級?」

「正解。あの時は言わなかったし、なかなか表には出てこないからそんなに知られていないんだけど実はマザーと兵力級の間にはもう一つだけ階級がある。それがハズバンド」

「ハズバンド?」 

「そそ。意味合いとしては夫なのだけど、その実マザーの補佐をする機体で、マザーの補佐を名乗っても遜色ない性能をもつ」

「強いってこと?」

「強いな。でもマザーに比べて倒しやすくはある。でも一つ厄介な点があって、それが今回の騒動の原因でもある」

「マザーを殺ったって言ってたけど……」

「それだ。企業の連中が要塞での作法を知らなかったからこの事態になった。本当はハズバンドを先に倒して後からマザーを倒さなきゃいけない。でも連中はマザーを先に倒したからその補佐を行うハズバンドは暴走を始めた」

「止められるの?」

「無理だな。破壊するしかないし、そもそもなぜハズバンドはマザーを先に倒されると暴走するのかはわからない。ただ補佐してるってことしかわからないんだ」

「じゃあなんで先にマザーを……」

「さあな。でもあの企業連中が擁する傭兵部隊。それが要塞を攻略していた訳だがその指揮を執っているのは現場もそうだが一番上は内地にいるお偉いさん。頭の中がお花畑なアホどもだ。ここじゃマザーの前にハズバンドが居ることは有名だけど、内地じゃマザー以外知らないんだろ。だからとりあえずマザーを倒せなんて命令でも出したんじゃないか?」

「そんな……」

「それが有り得るのが企業なんだよ。ラピス。ボクたちも一時期企業のお世話になったことがあるけど酷いものだったからね。だからこうして無所属の運送屋なんてやってるのだけど」


 フィオナが自嘲気味に企業を貶す。実際酷かったから何も言わないが。前にあったのはまだ運送屋じゃなくて普通に傭兵として動いてた頃だけど、なんかの作戦で動員された俺らの上についたのが企業のお偉いさんで、そっから出たのが、

「資源回収と節約のため機械一体につき弾薬はマガジン一つまで。かつ、出来るだけ破壊せず内部を綺麗な状態にするように。マザーを発見した場合は我々に連絡せよ。企業部隊で攻略する」だったか。

 機械を綺麗な状態で破壊することは出来なくないけどそれはハッキングとかを使った場合だし、そもそも傭兵を雇った理由が企業部隊の弾薬を使わないためと盾にするためだった。

 それ以来俺らは傭兵として活動出来るが、メインを運送系に移したわけだ。まだまともな依頼が来るからな。


「俺ら全員、企業にゃいい思い出はねえからな」

「ジョシュア、お前は実際何も聞いてなかったからあん時の作戦内容知らなかったよな?」

「まあな。それが俺だ」

「よう言うわ。ったく、オッサンだけでも大変なのになんで脳筋が二人もいるんだ」

「そりゃあ、お前が誘ってきたからだろうが」

「ちっ、過去の俺に会えるなら言わなきゃな。こいつは脳筋になるって」

「どう足掻いたって俺は脳筋さ。でも助かってるだろ?」

「それだから何も言えねえんだよ」

『あっはっはっ』


 今も尚、街中にはサイレンが鳴り響き、大通りは脱出する人で埋め尽くされ、所々で怒号が飛ぶ。

 転ぶ人、親と逸れ泣く子供、その場に座り込む老人。現状を様々な形で迎えている人が居るが、そんな中に新たに降り注ぐものが複数。


 それはパッと見何かのカプセルのように見えるだろう。だがそれは弾けることなく地上に達し、着地の衝撃と共に爆ぜ、生まれた衝撃は車や建物を転ばせ、灼熱の炎は衝撃で倒れた人々を容赦なく飲み込み、飛び散った破片は無事な人々に襲いかかる。

 それが複数。数十発。

 人々の怒号や泣き声は悲鳴に変わり、それさえもかき消す爆炎に街は呑まれていく。


『!?』


 突然、外で巨大な音が鳴る。それと同時に何かが焦げるような匂いと硝煙、火薬の匂いが鼻を突く。


「機械共……思ってたよりも早いな。あの要塞にここまでの遠距離砲撃が可能な奴なんて居たか?」

「わからん……だが、ここまでの数を撃ち出す事が出来るだけのはそう多くない。それにこれほどの被害……戦車砲以上なのは確定だ」

「ならば……機動タンク級か、破城ランス級かだな。でも破城級ほどの巨体がここまで見つからないとは思えない。ならば誰だ?」


 俺らは情報が少なすぎることに頭を抱える。ゲインとはもう別れたあとだし、そもそもあいつのカメラがまだ生きてるとは思えない。それに確認出来たのは雑兵級と機動級だけだと言っていた。


「………セレン、お前さん企業部隊を初めて見た時、戦術機隊、それも小隊規模で居たと言ってたよな」

「ええ。マザーを攻略するなら普通……まさか」

「おう。フェイト、企業連中はここが邪魔だからあそこの要塞を攻略しようとしたんじゃないかもしれねえぞ」

「オッサン、さすがにそれは冗談がすぎるぜ。いくらなんでもあえてマザーを破壊してなんて……」

「でも今の砲撃、おそらく高高度からの砲撃だろうが、そんなのが可能な機械は要塞には居ないとする。ならば残るは戦術機が搭載している高出力コイルガン辺りだろう」


 コイルガン。鉄などで作られた筒に導電性の線を巻くことで電磁石に加工して、電磁力によって弾頭を射出する電磁兵器の基礎とも呼べるものだ。戦術機もE-apacを利用して動いているのだから発射に必須な電力なんて自分で無限に調達出来る。電圧だったかを上げれば出力でさえ相当上げられたはず。


「なるほど。確かに、企業ならばこの街にコイルガンの弾頭を確実に落とせるね」

「フィオナ、どういうこと?」

「シャミア、君は迫撃砲の命中精度を上げる方法を知っているかい?」

「確かある程度の予測をつけた上で初弾、次弾は目標と初弾との誤差を考慮して少しずらして撃つ。それを繰り返すんじゃなかった?」

「その通り。でもさっきの砲弾の着弾前にこの街の周囲だったりに失敗した砲弾は無いだろう?つまり、予測をつける必要は無かったんだ。試射をする必要も無い」

「でも機械だってそれくらいはできるでしょう?」

「多分ね。でもこの街の全域にばら撒くようには弾は落とせない」


 フィオナが膝の上に置いているノート型の端末にはこの街の簡略化地図が移されていた。地図上には赤い点がいくつかとそれを中心として薄い色で円が描かれていた。


「これはこの街に落ちた砲弾の着弾予想だ。この街の管理コンピュータに一時的に無理やりハッキングを掛けて、なんとかこれだけは取り出せたよ。この赤い点、これらは全て砲弾だ。そして点を中心とした円はこのどこかにこの点である砲弾が落ちたということ。爆発の威力の関係で正確には絞りこめない。でも見てほしい。ここまで見事にバラけさせることができるかい?それも、試射も無しに」

「不可能……ね。うん。無理だわ。でもなんで企業ならそれができるの?」

「簡単なことさ。企業はつい昨日までこの街に居て、この街の座標など全てを持っている。この街の座標と要塞の座標。そこから距離と発射角度なんかをコンピュータ任せで計算すればこの街に砲弾の雨を降らせるのは容易い」


 座標がわからないからこそ迫撃砲は何発も撃つが、自分達の座標も目標の座標も正確にわかっていて、なおかつ距離や目標の大きさすらもわかっているんだ。それをコンピュータで計算してあとは引き金を引くだけ。なるほどね。企業じゃないとできない技だ。

 連中は砲弾などの資材もそうだが、自前の技術を提供するだけで機械共とやりあえるだけの戦力を有している。その中には自分たちが雇った傭兵も居る。その傭兵は企業がバックに居るのなら俺らみたいに街に住む必要も無いからなんの気兼ねもなく砲弾を撃ち込める。


「この街から要塞までだいたい四十キロだよな。それなら平均的な戦術機ならば十数分で到着出来るな……発射後の体勢移動と報告とか諸々含めても……あと三百秒ってとこか」

「うん。もう要塞からはとっくに企業の戦術機は出発しているだろうね。ボクが指揮する立場ならもっと手前に伝令役と称した確認役の戦術機を配置しておく」

「俺もそうする……オッサン、出せそうか?」

「いくらかは移動したな。フェイト、どうするんだ?」

「北東へ。本拠点へ向かおう。オッサンも奥さんが恋しいだろ?」

「まあな。それを言ったらお前は姉さんが恋しいだろ?」

「そこまででもないな」

「全く、フェイトは相変わらず苦手なの?」


 セレンのその言葉は無視して、俺はオッサンの隣、助手席に座る。


「はぁ……えっと、武装確認。105ミリ砲は正常、大型散弾砲と軽機関銃で計四門……正常、小型迫撃砲も正常っと。あとは信号弾は……緑と黄色、赤はあるけど青が無いな。誰か使ったか?」

「ああ、青色は使われなくなったんだよ。だから外したんだ。代わりにこれ入れたかったのだけど」


 そう言ってフィオナは手榴弾くらいの大きさの弾を二個渡してくる。これは発射すると同時に中身を煙のように放出し、空中に煙の柱を作るのだ。簡易的な狼煙と思っていい。


「これは……ピンクか?」

「うん。これから青に代わって流通するだろう物の現物だよ。バタバタしてて中に入れる時間が無かったんだ。あと、この信号弾が表すのは彩光弾。青だと見えにくいそうだよ」


 信号弾は緑が方向などの移動に関する信号となる。黄色は指揮に関わる信号色であまり使われない。赤は救難信号、ピンクは今の通りだ。


「彩光弾ねえ……ほとんど使ったことないけどな。案外発煙筒で事足りるし」

「でも、探索に出た街の中で使うこともあるらしいね。持っておいても損は無い」

「そういうもんか」

「……武装の確認はもういいか?ならば出すが」

「もう大丈夫だ。出してくれ」

「あいよ」


 モーターによって六輪装甲車がその大きさに似合わない静かさで動き出す。街を出るまでに何度か柔らかい物を踏みつけたような感覚があったが、気にしてはいけない。


「ねぇ、これってどこに向かうの?」

「時間が無くてラピスには教えられてなかったか。ここは大陸の西の方の土地なのだけど、こっから北東に向かった所にある街が俺らの本拠点なんだ。ここは仮拠点なんだよな。その本拠点に俺の姉貴とオッサンの奥さんが住んでるんだ」

「姉貴?」

「お姉さんってことよ。優しい人なのよ」

「そうなの?」

「おう。帰ったらミートパイを作ってもらおうな」

「いいねぇ、ボクもあれは大好きだ」


 オッサンはいつも酒のツマミにしてたしセレンもフィオナもシャミアも姉貴が作るミートパイが大好きなんだ。ジョシュアはミートパイじゃなくてグラタンが好きだそう。


「姉貴は料理が上手いんだ。こんなパック食品でも何故か美味く出来るからな。楽しみにしとけ」

「うん」


 今だに街ではサイレンが鳴り、人が逃げ出している中なんとか俺らの乗った装甲車は街の外に出ることが出来た。

 それからわずか数十秒後、


 ドガアアアンッ!!


「きゃっ……」

「街が……」


 ラピスは衝撃の音に驚き、シャミアは真っ赤に染まった街を見て呆然としている。


「ラピス見てご覧。あれが戦術機だよ」


 フィオナがラピスに窓の外を見せる。俺も見てみると、少し離れた所に土煙を上げて着陸する巨大な物体の影が見えたのだった。

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